10年越しの絆<前編>-8
ポンポンと優しく宮木さんの背中を叩く光輝…その抱擁は、恋人同士のものとは明らかに違う。
でも、二人の絆みたいなものを見せつけられている様な気がして、嫌気がする。
見たくはない。今すぐ両手で目を覆ってしまいたい。
それなのに…体が鉛の様にズッシリと重くて、微塵も動かない。まばたきすら出来ないでいる。
こんなの、まるで拷問だ。
俺の目に、これでもかと言う程にしっかりと光景が焼き付いた頃、やっと光輝は抱擁を解いた。
でも今度は、幸せそうに宮木さんとじゃれている。
俺が見ている事なんか、全く気付いていない。
二人のやりとりを見ていると、頭の中で色々な感情がごちゃ混ぜになって、どうにかなってしまいそうだ。
教室の中から漏れ聞こえる声が、更にそれを煽る。
「ねぇ、光輝君…」
『光輝君』という宮木さんの声が、今までで一番…やけにハッキリと俺の耳に届く。
他の誰にも決して呼ばせないその言葉を、宮木さんはサラリと言った。何の躊躇いもなく…さもそれが当然であるかの様に……
「子供扱いでも良いからさ、挨拶くらい…させてよ……」
「………」
「私ね、もっと…光輝君と…話…したいな」
宮木さんの言葉を聞いた光輝は、やっぱり幸せそうに宮木さんの髪を撫でる。
いつもなら過剰反応するのに、名前の事なんか、これっぽっちも気に止めていない。
(そういう…事かよ……)
俺は無意識の内に、強く強く拳を握っていた。
それからの俺は、ある意味病的だったかもしれない。
宮木さんをこれまで以上に独占し、光輝には事有るごとに敵意を剥き出しにして…でも、そこまでしても欲しいものがある。渡せないものがある。
身勝手だと言われても構わない。
なりふり構っていられない程に、俺の中の想いは強い。
でも、そんな俺にも厄介な存在が居る。水沢だ。
水沢は毎度毎度…俺の邪魔ばかりする。
どうやら、俺と宮木さんが付き合っているという噂がどんどん拡大しているのが、相当気に入らないらしい。
だから、自分勝手に俺を呼び出しては、宮木さんにベタベタするなだの噂を否定しろだの…もういい加減にして欲しい。
それでも俺は、何故か水沢を拒絶することが出来ない。
水沢と話す時はいつも、脅されているかの様な…そんな感覚がある。何の弱みを握られている訳でもないのにな……
ある日の放課後、もう恒例となった宮木さんの迎えに教室へ行くと、何故か宮木さんが何かを言いたそうに口を開いた。
「あ、あのね、松田君…」
モジモジとして、言い出すのを躊躇っている。
それに、水沢が妙にツンとすましているのも気になる。
(水沢…宮木さんに何を吹き込んだんだ?)
水沢が宮木さんに何かを言ったであろう事は、確実だと思う。問題は、何を言ったのか……
「あのね、私…放課後にSクラスに行くの、止めにしたいの」
(そういう事か…)
水沢が何を言ったのか、宮木さんの一言でおおよその想像がついた。
どうせ光輝に誤解されているとか、俺と噂になっているとか…そういう事を吹き込んだんだろう。
宮木さんは“バカ”が付く程鈍くて、全く気付いて無かっただろうからね。