10年越しの初恋-4
「はぁぁ…」
溜め息を漏らすのも、もう何度目か分からないな…
溜め息を吐く度に幸せが逃げると言うけれど、それが本当だとしたら、もう私にはこれっぽっちの幸せも残っていないと思う。
「宮木さん、また溜め息?」
松田君も私の溜め息連発には、眉を潜めて嫌そうな顔をする様になってきた。
それもその筈…一緒に居る人間にあからさまな溜め息を吐かれても、嫌じゃないと感じる人間はそうは居ない。
「ごめんね、気にしないで。」
「気にしないでって…そんなに連発されたら、嫌でも気になるよ。」
私の言葉に、松田君が更に不快そうな顔をする。
私達の間に淀んだ空気が流れる中、場違いな感じがする明るい声が降ってきた。
「な〜にを気にするって?」
「絢音!」
声の主はもちろん絢音…何故か満面の笑みを浮かべている。
一方の松田君はまだ眉を潜めたままで、眉間にくっきりとした皺が浮かんでいる。いかにも面白く無さそうな感じ…
「……何しに来たの?」
松田君が絢音の顔をじっと見据えて言った。その口から発せられる声も表情と同様に、面白く無さそうな響きを充分に含んでいる。
でも、絢音はそんな松田君には目もくれず、ずっと私の方を見たままでいる。
「聖の事、探してたんだよね〜!いやぁ、早いとこ見付かって良かったわ!」
「ん?何か用だった?」
「そうなんだよね〜!」
絢音はやっぱり明るい声でそう言った後、初めて松田君の方をチラッと見た。そして、私を引っ張って耳元でヒソヒソと囁く。
その言葉を聞いた途端、私は椅子からガバッと立ち上がって教室を飛び出していた。
がらんとした放課後の廊下を、私は一人、駆け抜けて行く。
さっきまでの憂鬱が嘘の様に感じる程、今の私はあまりの嬉しさに胸が高鳴って、ゆっくりになんて歩いていられないの。
絢音に言われた言葉…それは、『今すぐSクラスに行ってみなさい!』というものだった。
その言葉が何を意味するのかは、いくら鈍感だと言われる私にだってちゃんと解ってる。
うぅん、私にしか解らないかも知れないな…
普通科の校舎を一気に抜けて、私はSクラスの教室のドアをガラッと開ける。
そして、肩で息をしながら窓の方へと近付いた。
(また寝てるよ…)
窓際の席…一人の生徒が、窓からの風に吹かれて気持ち良さそうに眠っている。
私は傍らにしゃがんで、その人の髪にそっと手を伸ばしてみた。指先に感じるフワフワとした感触に、なんだか胸の奥から愛しさが込み上げて来る。
(起きないかな?……起こしちゃおうかなぁ?でも、すっごく気持ち良さそうだし…)
早く起きて欲しいけど、無理に起こすのはちょっと可哀想な気がする。
だから私は、その人が寝ている机の上に顎と両手を乗せて、暫くその寝顔を近くで眺めている事にした。
(眼鏡…そういえば、学校で見る時はいつもかけてるよなぁ……)
眼鏡をかけたままで眠るその人…もっとよく顔を見たいのに、眼鏡が私の邪魔をする。
「このままだと、顔に痕が付いちゃうもんね!そう、それだけだもんね!」
私は何とも虚しい言い訳をしてからその人の眼鏡に手を伸ばすと、起こさない様にゆっくりと抜き取った。