10年越しの自覚-3
「聖…」
急に頭上から、穏やかな声が降ってきた。考えを巡らせていた私は、いきなり名前を呼ばれて酷くビックリしてしまう。
「ほへっ、は、はいっ!」
(し、心臓に悪いよ…)
私の反応を見て光輝君は、一瞬表情を崩して鼻で笑うと、直ぐに真剣な瞳をした。私を…真っ直ぐ見つめて……
「聖…ごめん……」
光輝君が私に向かって手を伸ばす。その瞬間、体がフワッとしたかと思うと、急に身動きが取れなくなった。
「こっ、光輝君!?」
「ごめん…少しだけ…このままで……」
背中に回された腕が、ギュッと私を締め付ける。“抱き締められている”のだと…今になってやっと気付いた。
前みたいに、あやされているんじゃない。正真正銘、抱き締められている。
息苦しさは全然嫌じゃない。寧ろ、もっともっと強く抱き締めて欲しい。
時折撫でられる髪や、自分のものだけではない体温…それが堪らなく心地好くて、徐々に頭がボーっとして来る。
何も考えられなくて、無意識の内に私は、光輝君の背中に腕を回して自分を押し付ける様に抱きついていた。
どれくらいの時間が過ぎたのだろう…気が付くと、辺りはすっかり暗くなっていた。
今まで優しく撫でられていた髪が、急にわしゃわしゃっと撫でられて、私は驚いて顔を上げる。
そして、光輝君は私と目が合った途端、不謹慎にも『ぶっ』と吹き出した。
「はははっ、すっごい頭!」
「なっ、なによぉ?」
「ボサボサ…クククッ……」
笑いながら光輝君は、更に私の髪をグシャグシャにする。
「やっ、やめてよぉぉ…」
私は光輝君の背中に回していた手を離して、尚もグシャグシャにされ続けている髪を押さえた。
「もぉっ!」
「ははっ、聖は変わらないな!」
「また子供扱いっ!?」
爆笑している光輝君を見て、またからかわれたのだと気付いて、私はつい、ふてくされてしまう。
「子供扱いでも良いって言ったのは、どこの誰だ?」
「う゛…」
(い、言いましたとも…私のこの口が……)
「しっかし、聖…こんな時間に、こんな場所に一人で来たら危ないだろ?」
「なっ、誰のせいだと……ひゃっ!?」
怒ろうと思って口を開いたのに、急に手を掴まれて、そんな気は失せてしまった。
「ほら、送るから帰るぞ!」
光輝君が私の手を引いて行く。繋いだ手から、一度は離れてしまったあの心地好い体温が伝わって来る。
「え?ちょ、ちょっと!」
光輝君の都合が良い様に振り回されているのを感じながらも、私は素直にそれに従った。
「もおっ、やだぁぁ…」
恥ずかしさは、後になってやって来る…夕飯を食べて部屋に戻った途端、急に抱き締められたのが恥ずかしくなって来てしまった。
頬が赤くなるのを感じて、私はつい頬を両手で覆う。誰に見られている訳でも無いのにね…