恋におちて-3-2
車の前で待ってた牧本は、明るい表情に戻ってた。気にしてるかなと不安だったから、少しほっとした。
二人で車に乗り込み、エンジンをかける。
「とりあえず車出すけど…どうしよっか?」
「遠く行きたい」
そう言った牧本の目は笑っていなかった。
車を一時間半ほど走らせて、海に着いた。小さな浜で人は誰もいない。
「ここでいい?」
道中ほとんど喋らずにいた牧本は小さく頷いた。
五月も半ばとはいえ、今日は曇りで潮風が少し肌寒い。どんよりした空を見上げてると、急に牧本は履いてた靴を脱いで握りしめ、海に向かって走り出した。驚いた俺は「牧本!」と大きな声で呼んだ。
「ここなら誰にも邪魔されないね!」
振り向いた牧本も大声で言う。
駆け寄って、細い腕を掴み無理やりに引き寄せると、力無く胸にもたれかかってきた。
「誰の目も気にしなくていいですね」
牧本は小さくため息をついた。
「…俺が嘘つくの嫌?」
「本当の事言えないのはわかってます。堂々と付き合えないの、ちゃんと我慢できます。でも先生、すらすらと上手に嘘をつけるから…」
「えーっ俺さっき頭真っ白だったよ」
「そうは見えませんでしたよ。大人になると頭真っ白でも平気なのかな?」
「そういうわけじゃないけど…」
話すのがもどかしくて、顔を上げた牧本にキスをした。
「…あと二年弱、卒業まで頑張れる?」
「キスはずるいです」
牧本は真っ赤な顔をぷいと背けて言った。こういうところがかわいい。
まっすぐで純粋な牧本は、嘘やごまかしが嫌いだ。でも俺達の恋はそれは避けて通れない。口下手な俺は、俺よりもっと口下手で自分の気持ちを抑えがちな彼女を、そのジレンマごと抱きしめる事しかできないけど。
「痛っ」
「どうしたの?」
「貝の破片、踏んだみたいです」
「車戻ろうか?」
頷いた牧本に手を貸して、俺達は車に戻った。
牧本はドアを開けたまま脚を外に出して、ぱたぱたと砂を払った。彼女の足の裏を見てみると、親指の真ん中に小さく血が滲んでる。
「ちょっとだけど血が出てる」
「そろそろ行きますか」
「海、もういいの?」
来てからまだ三十分も経っていない。
「遠くに行きたいって、少しわがまま言いたかっただけなんです。聞いてくれて嬉しかった」
はにかんで笑う牧本。
「次もわがまま聞いてくれます?」
「なんですか、姫」
からかう俺に牧本は言う。
「先生の家に行きたいな」
浴室からシャワーの音がする。牧本が足の砂を落としてるだけなんだけど。なぜかやたらとドキドキしてる自分がいる。
もしかしたらと思い、昨日片付けておいてよかった。と言っても部屋が狭く元々物が少ないから、片付けなんてたいした事じゃない。ただあんな雑誌やこんなビデオは全部まとめて、クローゼットの高い所にちゃんとしまった。