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銀彩(ぎんだみ)
【SM 官能小説】

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銀彩(ぎんだみ)-9

大きな樹木の木陰にある切り株にわたしは腰を下ろす。見上げた真っ青な空の溢れる光は、わたしの身体を饒舌にする。下着をつけていないわたしはスカートの裾をたくし上げる。アルジョンテはわたしの性器にとても従順に反応する。彼はわたしの足元に跪いたまま開いた太腿のつけ根に顔を寄せる。腿の内側に頬を擦りつけ、なびいた陰毛に息を吹きかけ、肉の割れ目から匂いを嗅ぎ取ろうとする。密林から吹いてくるゆるやかな風がわたしの股間に顔を埋めた彼の髪をそよがせる。腿の内側に感じる彼の従順な息づかいに体温が吸い込まれていく。
わたしはアルジョンテの髪を優しく撫でた。股間の窪みに顔を沈めた彼の頬が内腿の肌にときどき触れると、わたしは彼の顔を太腿のあいだにぎゅっと絞めてしまいたくなる。肉の合わせ目に差し入れられた彼の舌が蕩けるようにねばっている。花弁をいじくり、なめまわす舌は唾液であふれ、彼の舌がわたしの中で鳴らすピチャピチャと卑猥な音は、まるで蝶の羽が水に濡れてもがくような音にも聞こえてくる。剥かれ、掻かれる肉襞の中から眠っていた芽が溶け出すようにふくらみ始めている。
彼の舌は心地よくわたしの淫唇をなぞり、肉の合わせ目をくすぐる。舌先で探られ、触れられる部分は、思いもしない新たな悦びを芽生えさせる。わたしの体は太陽の光の中で泳ぎ始め、切なく蕩けてくる。彼は飽くことなく愛撫を続け、わたしは含んだ彼の舌に肉襞を震わせ、絡め、密着し、蜜が滲み出る至福の時間を宝石のような結晶体に凝固させた。それは男の性器とセックスを交わすときよりもわたしを深く酔わせた。
アルジョンテの性器に対してわたしは、もう欲情をいだくことなどない。貞操帯で封じられて熟成していく彼のペニスを、いつか熟れ過ぎた果実をサクッと切るようにナイフで刻む夢を見ている。彼の性器はきっと芳醇なワインのような雫を滴らせるに違いない。そのとき彼は至福の悦びに抱きすくめられる。そう思うとわたしはとても嬉しくなる。



 ―― ボクハ、カエラナケレバイケマセン。コイビトノトコロヘ……
 わたしはアルジョンテがつぶやいた言葉に耳を疑った。彼が初めて声としてつぶやいた言葉だった。
 恋人……恋人って何よ。あなたはわたしの飼い犬なのよ。わたしが主人なのよ。どこにも帰る場所なんてないわ。だってあなたはわたしを愛しているのでしょう。
 その夜、わたしは眠れなかった。七年前に別れたあの男と同じだった。わたしのアルジョンテに対する感情は、みるみるうちに憎悪に変わっていった。それはわたしが裏切られていることへの、そして裏切られた遠い記憶の残滓への烈しい憎しみだった。わたしはふたたび自分だけのものを失おうとしていた。震えがわたしを襲った。わたしの体の奥から殺気立った怒りが込みあげてきた。
 アルジョンテは檻の中でぐっすり眠っている。わたしはベッドサイドの電話を手にした。
「わたしの飼い犬を処分して欲しいの。明日の朝、ここに取りに来ていただけるかしら」

眼を覚ましたとき、太陽の光が燦々と窓からふりそそいでいた。檻の中にアルジョンテはいないことに気がついた。不意に電話が鳴った。

―― マダムがお休みになられていたので、そのあいだにお飼いになっていた犬を処分させていただきました。どんな処分をしたのかって。ご心配いりません。永遠に浮かび上がってくることがないように湖の底に沈めました。処分の料金はいつもの口座にお願いします……。


わたしは夢でうなされ続けた。淡い光で影絵のように浮き上がった亡霊のようなアルジョンテの像から貞操帯は消えていた。体の中心には堅く、美しく、なめらかにそびえ立っている《性器の気配》だけがした。だけど、それが《何なのか》、わたしにはなぜかわからなかった。性器でありながら、性器の形をなしていないもの。それはわたしが封じた彼のペニスなのか……いや、そうではなくて何か鋭くわたしに迫ってくる《性器らしきもの》だった。
そのときわたしは、彼の肉体のすべてがわたし自身の欲望の化身であるような気がした。わたしは無性に《彼という性器》が欲しくなっていた。でも夢の中のわたしの体は、まるで金縛りにあったように身動きできなかった。
水底で茫洋とした形がなめらかな線を描き、水藻のようにゆらいでいる。それは密閉されたものが溶けた彼の形だった。かたちはわたしの記憶の空洞の中で結晶となってきらきらと煌めいている。まぶしい光の空虚がわたしの心を締めつける。わたしは初めて彼と交わっている自分を感じた。彼がわたしを抱き、わたしが彼を含んでいる。わたしの肉体の沈黙と倦怠が遠くに押しやられ、わたしが、わたし自身の肉体の中心に目覚めている。すべての感覚がとぎすまされ、彼と同化した体が水底から浮かび上がるように高みへの浮遊を始める。
わたしは初めて自分が含んだものを感じた。これまでどんな男のものにも不感だったわたしの中で甘美な痙攣が始まる。肉襞の小刻みな蠢きが音もなく甦ってくる。収斂(しゅうれん)と弛緩(しかん)が息をつまらせるように続く。そのときわたしは自分の純潔の遠い記憶を引き寄せていた。わたしの純潔を奪った男。あのとき、わたしの純潔は跡形もなく無残に裂かれ、奪われ、消失した。純潔はあの男のペニスの中に吸い込まれていった。ペニスという男の化身のなかに。


わたしが住んでいた密林の邸(やしき)とあの湖が、ダムの工事のために土砂で埋められることを知ったのは一か月前だった。家も庭も、あの湖も、わたしの記憶とともにすべてが地の底に沈んでしまう。そして湖の底で永遠の眠りについたアルジョンテも……。
彼のペニスの幻影が深い霧に包まれたように煙り、わたしのまどろむような欲情の縁に絡まった。わたしの中の空洞が灰色に染まり、微かな光さえ忍び込んでくることはなかった。わたしは空洞に漂っている手のとどかない欲望にもがいているような気がした。あの銀色に彩られた欲望に。



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