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銀彩(ぎんだみ)
【SM 官能小説】

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銀彩(ぎんだみ)-1

密林の街の小さなホールでのピアノリサイタルを終えたわたしは、砂漠に囲まれた小さな港町にいた。街は暑いクリスマスを迎えていた。
一歩街から外れると黄金色の砂漠が拡がっているというのに、街の中心だけは熱気で潤っていた。菩提樹の香りが広場に漂い、濃い日陰に包まれた路地のカフェには観光客が群がり会話を楽しんでいる。狭い路地を抜けた先の港の市場には、果実や魚が溢れ、浅黒い艶やかな肌をした人々で賑わっている。港の風景を眺めながら眼を閉じると、潮の香りを含んだ風が頬を優しく撫でていく。
昨日、わたしは旧市街地の奥にある古い修道院を訪れた。街の喧騒とはかけ離れ、風と砂の音、岩山のささやき、そして燦々とふりそそぐ乾いた太陽の光だけを感じられるひっそりと佇む石造りの修道院は、以前と変わらずわたしのどんな欲望も掻きたてた。
七年前、わたしはここを訪れたことがあった。わたしを裏切った男のために貞操帯を手に入れるためだった。
修道院ではあのときと同じ男がわたしを出迎えた。黒い僧衣のような衣服を纏った男は艶やかな髪を伸ばし、彫塑のような端正な顔立ちをしていた。修道院の中はすべての太陽の光を拒むように薄暗く、洞窟の中のような冷気が漂っていた。微かに聞こえてくる乾いた風音の響きはとても美しく懐かしいものだった。

男はわたしを小部屋に案内した。ステンドグラスからわずかに淡い光が差し込む石の部屋のガラスケースの中には、調度品として置かれた数々の種類の男性用の貞操帯があった。奇怪な形をした貞操帯は革や鋳鉄のものが多かったが、中には金で作られたものもあった。

「よくいらっしゃいました。どうぞごゆっくりご見学されてください」
彼は魅惑的な青い目を潤ませ、わたしの身体の輪郭に視線を這わせ、深々とお辞儀をした。その視線はまるでわたしという女を知り尽くしているような光を瞳に溜めていた。
貞操帯は、この修道院の聖職者の性的な欲望を削ぐために、つまり男たちの去勢を行うために実際に使用されたものだと彼は言った。色褪せたものから宝石を散りばめたものまで様々なものが陳列してあった。
「とても興味のある形のものばかりだわ」とわたしは言った。
 男はおだやかに言った。「貞操帯は一度身に纏ったら取り外すことはできません。それがここの掟(おきて)です」
 わたしは並べられた貞操帯に魅了されるように視線を注いだ。
「これらの貞操帯を纏った彼らの姿にあなたは欲望できるということでしょうか。それはとても素敵な欲望でございましょうね。ところであのときご購入された貞操帯はどうお使いになられたのでしょうか」と男は言った。
「もちろん、わたしを裏切った男を封印するために使ったわ」
「それは残酷なことで」と男は薄く笑った。

時間が止まったように空気が澱んでいた。
男は静かに語った。「彼らはいったい貞操帯の何に心を奪われたのでしょう。けっして性欲を忌み嫌ったのではありません。性的欲望以上の快楽を神への背徳的な祈りから密かに得たのですから。そのためにこの貞操帯は必要なものでした」と男は言った。
「どうぞご遠慮なさらずに手に取っていただいてもけっこうです」
薄い笑みを浮かべた彼は豊かな髪を微かになびかせ、ガラスのケースを開けた。
 男性器を模った貞操帯は、どんなに古いものでも芸術品のように細緻に作られていた。部屋の空気は静まり、貞操帯の空洞の中から幻影のように男性器の微かな息づかいが聞こえてきそうだった。そこにはわたしの欲望をくすぐる冷酷な沈黙がひそんでいた。
「どれも当時、実際に使用されたものです。彼らは性欲から自分を制するためではなく、より深い、いやそれは熟成された肉や葡萄酒を嗜(たしな)むような甘美な欲望を求めてこの貞操帯を身に纏ったのです。それは去勢という未知の快楽への憧れであり、女神への崇拝でした。そして彼らは貞操帯を解かれることなく天に召されたのです」

 わたしは銀色に染められた薄皮のような貞操帯を手にした。ねっとりとした粘着質の手触りは冷ややかな感じがした。
 その貞操帯は獣の心臓の肉皮で作られ、内側にはユダの聖骸布に塗られたと言い伝えられている悪魔の香油が施されているという。排尿のための小さな穴のみを残してペニス全体をすっぽりと包み、ペニスの皮膚と粘るように密着した水母のような貞操帯は一度、嵌めたら二度と外すことはできず、香油の薄い膜はペニスの皮膚の体温を少しずつ吸い込み、徐々に硬化し、萎縮し、ペニスを締めつけ、搾りあげ、包み込んだペニスの血流を止め、やがて腐朽に至らしめるという。
「良いものを手にされました。でもその貞操帯はお売りすることはできません」と言って、男は静かな笑みを浮かべた。
「あら、どうしてかしら」
「あまりに残酷なものだからです」
 石壁にくり抜かれた小さな窓をすり抜けてきた光が、男の横顔をぼんやり照らしていた。彫の深い顔に広がる陰翳はどこまでも深く、わたしは吸い込まれるように魅了された。
 男は言った。「わたくしのためにあなたが選んでいただいた貞操帯として、わたくしがお受けしてよろしいでしょうか」
 わたしは驚いて男の方を振り向いた。
「わたくしは自分の欲望がほんとうはどんなものか、あなたと出会って初めて気がついたのでございます。あなたという女性を欲望できる意味を。実はわたくしは、あなたがここにふたたび現われることを待ち望んでいたのです」
「どういうことかしら」
「あなたが、わたくしを永遠の下僕(しもべ)として導いてくれる女神としてこの貞操帯をわたくしに与えることを望んでいたからでしょうか」と言って、男は薄く笑った。



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