(2)より打ち解ける2人-1
「では、お店へどうぞ」
マスターが目配せすると若い店員が内扉を開ける。
「今日はまだお客さんが少ないですが、もう少しすればイベントが始まりますので、それまではゆっくりご飲食とご歓談をお楽しみください・・・」
店員はそう言いながら2人を店内に導いた。
扉の中は外の世界とは明らかに異なった「匂い」がしていた。
まずお店の構造自体が麻里子の知っている普通の「バー」とは大分異なっていた。
麻里子が知っている「バー」と言うのはカウンターでマスターがカクテルを作って、それをじっくりと楽しむようなお店だった。
しかし、その店は扇型になっていて、それに例えれば「要」の部分はカーテンになっていた。
さらに「骨の見えている部分」にステージになっていて、紙の張られている部分が客席となっていた。
ステージを囲むように15席分くらいのカウンターがあり、その外側に4人から6人くらいが座れそうなテーブル席が8卓ほど設けられていた。
カウンターの中央には通路になるように切れ目があり、ステージのほぼ中央部分からそのカウンターの中央に向けて「出島」のようにステージが出っ張っていた。
そして、そのステージの先端部分が緩いスロープとなってカウンターの切れ目を抜け、テーブル席の真ん中から店の奥の方に繋がるように「花道」が作られていて、その「花道」の部分は段差こそ無いもののわざわざ違う色の絨毯が敷かれていた。
また、カウンターとステージの間の部分には店員用の通路があり、その両端も通路なのかスペースが空いていた。
ステージの部分こそ少し高くはなっているが、全体が「すり鉢状」になっていてテーブル席の部分に向けて勾配がついて少し高くなっていて、カウンターが無ければ「小劇場」のような雰囲気もあった。
左右のカウンターのほぼ中央にはそれぞれにバーテンダーがおり、そこからはシェーカーの小気味よい音が響いていた。
そのカウンターの部分だけは麻里子のイメージするバーと一致していた。
(なんか怪しげな感じね・・・)
少なくとも麻里子がこれまで訪れた事のあるようなお店のどれにも当てはまらない雰囲気で、おそらくそれは典子も同じだろう。
2人には場違いのような何とも言えない居場所の無さを感じてしまいそうな雰囲気だった。
それはほろ酔いの麻里子にも容易に分かるくらいだった。
「匂い」と言うのか雰囲気自体がなんとなく淫靡さを醸し出していた。
さらに薄暗い店内をよく見ると様々な怪しげなオブジェが飾られていた。
店内の壁には縄やムチ、革製のコルセットのような物がオブジェのように飾られていたし、ステージ上には十字架やX字の磔台のような物が並べられていた。
そういう経験の無い麻里子にもそれらがいわゆる「SM」に使う道具と言う事は分かった。
(こ、こういうお店だったの!?)
麻里子達は気づかなかったが、どうも「大人の雰囲気のバー」と書かれていたのは「アダルトなバー」と言う意味のようだった。
(それで女性が無料って事なのね・・・)
女性客が少ないと盛り上がらないので女性を無料にする事でサクラとして女性客を入れようと言う事なのだろう。
「わぁ・・・。私、こういうお店初めてです」
「そっ、そうね、私もよ」
少し不安な麻里子とは対照的に典子は興味深そうに店内をキョロキョロ見ている。
それは少し楽しそうにも見えた。
(どうしようかしら・・・。まあ、テンちゃんも楽しそうにしているし、2時間飲み食いして帰れば良いかしら)
一人で来ていたらすぐに店を出ていたかもしれないし、この状況でも典子が嫌がるようなら帰ろうかとも思ったが、典子はそういう素振りを見せていなかった。