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レモネードは色褪せない
【ラブコメ 官能小説】

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アクシデント-1




「好きな季節が夏なのに、冷たいものが苦手なんて変ですよね……」
 いくらか元気を取り戻した七瀬アイが困ったような笑顔をよこす。言われてみれば、そうなのかもしれないが。
「猫は好きだけど猫アレルギーの人がいるくらいだから、別に変じゃないよ」
「そうですよね……」
 そうしてはにかむ彼女の潤いを得た横顔に、僕は勝手に運命の赤い糸のようなものを感じたけど、十中八九の確率で錯覚だろうなとラムネの空き瓶をもてあそび、決意する。
「あのさ、何ていうか、もし良かったらなんだけど、その……」
 よそよそしく目を泳がせながら僕は切り出した。準備していた台詞がなかなか出てこないのがもどかしい。
「君のことが心配だから言うんだけど、家まで送らせてもらえないかな」
 語尾が震える。まさかこんな歯の浮くような台詞を女の子に言う日がくるなんて、これまでの自分では考えられないことだ。
 その一方で、おっとりとした瞬きを繰り返しながら彼女は逡巡する。「イエス」か「ノー」か、その狭間で揺れ動く乙女心がこちらにまで伝わってきて息苦しい。唾も飲み込めない。
「どうしたの?」
 と、思わぬところから声がしたのでそちらを見ると、駄菓子屋から出てきた小さな男の子が七瀬アイに話しかけていた。まだ小学校に上がる前くらいの年齢だろうか、口にチョコレートらしき汚れが付いている。
「お姉ちゃんね、このお兄さんにプロポーズされちゃったの」
 この台詞は七瀬アイの口からもたらされたものだ。おい、僕はそんなつもりで言ったわけじゃないぞ、とは言えない雰囲気だった。
「ぷろぽおず?」
 と男の子。
「そうだよ。あのね、あなたのことが好きですっていう愛の告白なの」
「ふうん」
 途端に興味を失ったふうの男の子が僕を見る。その僕が友好的な作り笑顔を見せると、少し遅れて男の子も笑ってくれた。
「変なの」
 それだけ言い残すと男の子はふたたび店内へと姿を消し、何が「変」なのかわからない僕は七瀬アイに答えを求める視線を向けるけれど、彼女はというと涼しい顔で空のどこかを見つめるばかりで、発言の意図をはぐらかす。
 かつては先輩後輩の間柄だった事実すら確かめられないまま、返事は「ノー」なのだなと悟った僕は実家の母に連絡を入れるためにスマートフォンを取り出し、電話の発信ボタンをタップしようとした。
「あっ」
 突然、ひらめいた声を漏らしたのは七瀬アイだった。僕の指はまだスマートフォンの画面にすら触れていない。
「あたし、スマホを置いてきちゃった」
「置いてきたって、どこに?」
「電車の中……かな」
 あの電車か、と僕は駅のホームから遠ざかる車両の四角い後ろ姿を思い出していた。今頃はどの辺りを走っているのだろう。もう地球の裏側か、あるいは大気圏を抜けて宇宙ステーションに向かったか。
「わかった、とりあえず駅に戻ってみよう。僕も一緒に探すから」
「待って」
 とっておきの名案でも浮かんだのか、彼女はワンピースの裾から露出した膝小僧をこちらに向けて座り直すと、「イツキ先輩のスマホ、ちょっと貸してくれませんか」と言って両手を差し出してきた。
 僕は半信半疑でスマートフォンを手渡し、それを操作する七瀬アイの指を目で追った。どうやら自分の番号にかけているようだ。親切な人に拾われていればいいのだけど、と僕は心の中で祈る。
 左右対称でかたちの良い七瀬アイの耳、その片方に僕のスマートフォンが押し当てられる。そうして浮き沈みを繰り返していた表情が微妙な変化を遂げると、彼女はどうしてだか自分のバッグの中身を確かめ始めた。


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