撃てないソフィア-1
某日本の車メーカーTをライセンス生産するノルトの工場こそ被災しなかったものの、その周辺の民家の壁は弾痕だらけだったし、砲撃を受けて屋根ごと吹き飛んだ家も散見された、国がこんな有様だから、外国資本が逃げてしまい経済状況はますます悪化していっている、しかしスーザニアの政治家は経済が悪いのはサルドニア人、セレニナ人がスーザニアの富を吸い上げ彼らは怠けている駄民族だというのだ、確かにそういわれればそういう側面もあることにはあるが、同時に彼らはわれわれの隣人でもあり、早々住む地域を線引きすることなどできなくなっているのに、解決するのは内戦しかないとは、荒廃したソフィアの村を車で流し、家族の行方はわからず良くて難民、収容所で虐殺されているかもしれないし、レイプされた後殺されているかもしれない、そんな現実をまざまざと見せられるソフィアは次第に無言になってゆき、ついに無人の彼女の生家の前で僕らの車が止まった、この子作り新婚旅行の到着地点というわけだ。
庭のグラス芝は伸び放題になり、低灌木はぼさぼさでだらしなく、レンガ敷きのファサードは雑草が目立ち、どこが通路なにか分からないほどだ、つまり何も手入れがほどこされていなかった、だが銃弾が撃ち込まれ破れた窓は無く、ただすむ者のいなくなった民家がそこにあり、何か不吉に感じるハンスだ。
「おうちだ、おうちに着いたんだ」
ハンスに見せたことの無い、無邪気な子供の顔になるソフィア、「よせ、ここで引き返そう」
「なんで、なんでハンスに止められなきゃいけないの、ここあたしの家なんだよ」
うかつに舗装された以外のところをこの子に通らせたくない、何が埋まっているか、民家の周りだろうと油断できない、自分の家の周りに地雷を埋め込む人だっている、そんな地域なのだ。「兵隊の勘だよソフィア、この家はやばい」
「じゃあその兵隊さんが、あたしを守ってくれんでしょ?」
邪気がないほど怖いものはない、止めるのも聞かず勝手に車から降りてしまい、自分の家に向かおうとするのだから、慌てて追いかけるハンスだった。冗談じゃない兵隊の仕事は人を殺すことで、誰かを守るなんてマネはしない、そういうのは僕たちの仕事じゃないんだ、専門外だ。
「ハンスはあたしをおもちゃにするだけのくせに、パパママに会ったら何ていうわけ? 離せよクズ」
まったく「クズ」なんて良く分かっている、年齢よりずっと大人びて、自分のことをよくわかっている娘で、そのギャップが愛おしいが、そんなことに酔っている場合ではなかった。
「わかった、わかったから、僕が先に行動するからソフィアは離れていろ」
本当に嫌だったが、玄関口からドアまでの敷石部分だけを祈るような気持ちで踏みしめ、『どこかの大馬鹿野郎がブラトコヴィッチ家の庭に地雷なぞ埋設していませんように』と、しかし嫌な予感ほど当たるもの、拳銃で鍵の扉枠を撃ち壊した瞬間、一瞬ワイヤーのようなものを覗き見し、ハンスは反射的に逃げた。