知らない土地へ旅に-2
アーモンドに近いバニラといえばいいのか、ビスケットというよりはクッキーの匂いに近い、S・Vのの体臭。ハンス・Mの叶わなかった初恋の女の子と重なるのだ。そういえば彼女はサルドニア人だった、あのころは主要3民族以外にもその他の少数民族も仲良く暮らしていたはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう、もし僕が警察や消防の人間なら配置転換を願いたいことだが、兵隊は命令に服従するしかないのだ、せめてかつての初恋の影をソフィアに求めていくことが許されるのなら。いや許されるのだ、内戦のなかみんなやりまくっていることじゃないか。
「途中古都ペルガモンに寄るんだ」
「マジで! 久し振りだよ、ダサいフチグラードとは違うから、暖かいだろうね、ハンスマジで連れて行ってくれるんだ?」
「君の故郷を見にね……」
兵隊だったら皆聞かされている、風光明媚な観光地が見るも無残な姿に変わってしまったことを、家の中に地雷が仕掛けられ、壁には弾痕が、どうせ血と硝煙の匂いがするだろうと思う、彼女の家族を探そうにもその消息を知る人間にすら会えるかどうか、その厳しい現実をソフィアに見せ付けてあげなくてはいけない、どんな性奴隷に落ちようが、生きていくためにこのH・ミクローシュにすがるしかないということを、僕の愛に支配されることが嬉しいと思わせるように、僕のことを嫌いになんかさせないのだからね、ああ、いとおしいソフィアよ、君とは血のつながりこそないが愛娘だと思っている、君に子供ができ、その子が生まれたなら、偽装結婚する相手には姉妹だと偽って養子に入れてはどうだろうか? 若いパパなんだねソフィア・Mさん? 誰かにそう自分の愛娘が言われることを想像すると顔がほころんでしまうだろうと、あなたは知りませんがそんな愛娘の初めての男は何を隠そうこの僕なのですよ、決して誰にも明かすことができない仲、秘密の関係は愛娘ソフィアも一緒なのだ、その秘密の関係はそれから続くのかどうかはまだわからない、でも再開させることもできる関係性だと思うととてもばら色の世界に思えてくるハンスだった、そしてソフィアが二十歳を超えても尚関係を保つことができたときにはこのロリコンといえる性癖も完治できたといえるのではないか? かつての叶わなかった恋人アナベルの影は昇華してくれるのではないか。
内戦の真っ只中を国境を車で抜けるのは危険だと思われるかもしれないが、軍人という身分を隠し、ノルトフォン連邦ナンバーの車で移動する分にはまだ安全な段階にあったと思う、舗装された道を通るだけなら地雷も埋め込まれていないし、歳の離れた兄妹と偽ってスーザニア人の経営するベッド・アンド・ブレックファストのような宿を予約し、食料はあらかじめスーザニア国内で調達し、できるだけ現地の人間との接触を避けたのである。
だがノルトフォン半島自体が気さくでフランク、とても旅人に親切で優しく、見ず知らずの言葉のろくに通じない外国人であろうと、困っているようなら自宅に泊めてもてなすようなことすらしてしまう、おまけに翌日その国の大使館までのトラムと呼ばれる交通機関の費用まで世話するような、非常に人情深い地域なのだ、戦争ばかりしてきた地域で、他民族に対し限りない憎しみを持つのと相反するようであり、他民族に支配されそれをはねつけて生きてきたプライドを持ち、生きるためには個人主義より家族主義に依ってきた歴史があるかもしれないのだった、それだけに酷く田舎的なおせっかいさもあり、
「内戦のさなか、英雄殿がこんなところにまで来てくれるなんて嬉しいですよ」
ホストファミリーの旦那から笑顔で話しかけられ、握手まで求められたハンスも少し驚いた様子だった。
「英雄だなんて……単なる一兵隊なだけですよ」
「英雄殿には妹さんがおられたのですね、失礼、新聞の報道にはそんなことは掛かれていなかったものですから、いえもしかして娘さんでしたか?」
客の事情に何の抵抗というか、距離感無く入り込んでくるのは珍しくもなんともないというわけだ、それにしても内心嬉しいハンスだ、妹……妹に見えたか……それとも娘に? ふふっふーまさかまさかたまさか 愛妾に見えまい、そんな関係性とはわかるまい、一体今までどんな行為をしてきたのか知る由も無いというわけだ、それにしても血の繋がった関係に見られることがこんな興奮を呼び覚ましてくれるとは、彼自体予想もしていなかった。