烙印-5
家の窓に差してきた無色の陽ざしがレースのカーテンを透かし、まるで白日夢に惑わせるよ
うにあなたを斑に染める。握り締めた電話の受話器の先から冷やりとした空気が流れ出るよう
に狩野の声が聞こえてきた。
まさか、おれがきみに刻んだ烙印の味を忘れたわけではないだろう。
その声には初めて彼と出会ったときと同じように濃厚な、美しい欲望の響きがした。記憶の隙
間からあなたは、あの頃の憧憬を嫌でも想い出さなければならなかった。彼の姿と自分の姿が
折り重なるように思い浮かんでくる。
狩野はサディストだった……サディストとしてでないと女を愛せなかった。それはあなたが
欲望していた愛され方だった。どんなことをされても、たとえそれがあなたを痛めつける嗜虐
であっても、おぞましい恥辱であっても、あなたは彼を拒めなかった。拒めないことがあなた
を淫らな愛に陥らせた。
妻子のある男と別れ、堅くなりすぎた化石のような男との性愛の残骸が、傷痕となって心に茫
漠として残りつづけていたことが忌々しかった、あなたはその傷跡をえぐられ、掻き毟られる
ほどの烈しい苦痛を欲しがっていた。なぜならあなたは、自分の身も心も砕かれるほどに痛め
つけられることで自分を解き放したかったのだ。そんなあなたの渇ききった欲望を狩野は誰よ
りも知り尽くしていた。
あの頃、あなたは、狩野に対する思いを巡らせ、彼からの連絡をいつも待っていた。彼は、あ
なたの方から連絡してくることをゆるさなかった。彼が指定した日の、指定した時間に、指定
された場所に行く。念入りに化粧をし、身体の隅々までチェックし、時間をかけて容姿を整え
た。
彼の手によって淫らに辱められ、冷酷に虐げられ、そして無残に引き裂かれることを十分に
想い描いて……。
彼は取り出した縄の束を美しい指でほぐし、あなたの肉体にめり込ませた。彼に操られる縄は、
まるで縄に生えた触覚でチクチクと刺すようにあなたの肌を締め上げ、どんな突起も窪みも見
逃さず自由を奪った。もちろん、あなたの心の中にある切なげな襞も、あなたの中でもがき、
さまよい続ける愛の残滓も、冷酷に、残酷に。
それは過酷な縛りであり、熾烈な鞭打ちであり、屈辱的な嗜虐だったが、彼が与えるどんな
恥辱と苦痛も、あなたの殻を容赦なく毟り取り、まるで初々しい懐古の性愛へあなたを引き戻
し、至福へ至らしめた。彼の嗜虐に身をゆだねれば、ゆだねるほど、あなたの閉ざされた性愛
が尽きることなく濡れ、飽くことなく開いていった。
そして、彼にあんなことをされても、いや、あんなことをされたことによって、あなたは彼の
ものになった。
彼のものを受け入れた性器のすぐ近くの、漆黒の陰毛の中に隠れている烙印……。あなたの体
に刻まれた彼の烙印は、掻き分けた繁みの中ですでに小さな薄い痣になっているが、けっして
消えることはなかった。
烙印の紋様は瞳を凝らして見なければわからないほどだったが、三頭の奇怪な獣の顔が絡みあ
う精緻な線を描いていたが、今は色褪せた染みのようになりながらも、昏く、涸渇した過去の
記憶の痕として獣の形を微かにとどめたまま繊毛の中にじっと息を潜めるように埋もれていた。
その紋様はあの本の中に載せられていたもののひとつだった。
烙印は、彼があなたとの性交のときに、あなたに押しつけた火のついた煙草の痕だった……。