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烙印
【SM 官能小説】

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烙印-1

碧く燃えるような海は、夜ごとに寡黙になる……。

夏の夜、海の底から立ち上ってくる甘い果実の匂いは、飢えた獣のような男たちの体液の匂い。
女は、とても欲しがっている……彼らから与えられる生贄の烙印を。もしかしたら、女の肉体
は悪魔への生贄なのか、そうであればもっとも悦ばしいことではないか。烙印は密やかに女を
吸い込み、心の聖書を開かせ、敬虔な生贄へとしての陶酔へいざなう。

火で真っ赤に焼かれた金鏝は女の陰毛を炙り、捧げられるべき証し(あかし)として、霊妙な
肉洞を示すがごとく割れ目の淫唇を焦がし、生贄の女を耐えがたい痛みで刺しつらぬき、絶叫
へと導く。

烙印を押された女は、苦痛を永遠の愛に変えることができ、奇怪な悪魔と接吻を交わし、深く
抱き合う。女のひめやかな吐息が隔絶された暗闇のなかで漂い、悪魔に蹂躙され、悪魔の迸る
精液を肉胴に溜めた肉体は一枚の完璧な憧憬となり、肉体に刻まれた烙印は煌めく夜の海に
映し出される……。



 開きかけた本が、そのまま枕の横に放りだされていた。浅い眠りのようでもあるのに、何か
しら深い夢を見ていたような気がした。昨夜は、本を手にしたまま寝込んでしまったらしい。
窓のカーテンがすでに朝の光を十分に受けとめているのがわかった。

階下にある夫のアキオの部屋の扉の音がした。あなたは、ベッドの傍のサイドテーブルに手を
伸ばすと眼鏡をかけ、パジャマのままリビングに降りていく。

出張の帰りが明日であると思っていた夫がそこにいた。すでにジョギングを終え、シャワーを
浴びたのか、夫は半裸のトランクス姿だった。見なれた肉肌の胸郭にぷっくりと浮いた小粒の
乳首は、いつ見ても夫の不整形な身体には似合わないと思った。それはあなたが彼の裸の胸を
初めて見たときからそう思っていた。

それでもあなたはいつものように夫のつるりとした胸肌に視線を吸い込まれる。乳首の先が輪
郭をゆがませ、色素が潤んでいるような気がした。ときどき覗いてしまう夫の身体は奇妙な整
い方をしていて、胸苦しい違和感さえいだく。厚みのない、芳香が匂いたたない、そして欲望
が消えた夫の身体……いつからそんな感情をいだくようになったのか、自分でもわからなかっ
た。


アキオと結婚して七年になる。三歳年上の彼は、今年、四十歳になる。夫とは知人の紹介で
知り合った。互いに好きになるという感情よりも結婚を前提としたつき合いだった。けっして
意図的でも、感情を押し殺していたわけではない。まるで凪いだ海面に浮かんでいる藻のよう
なあなたを、彼は静かに掬い(すくい)とった……掬い取られることに、あなたは安心した。
ただそれだけだった。

いまさら思えば、あの頃の彼がどんな風にあなたの前にあらわれたのか、あなたにどんな風に
プロポーズをしたのか、どんな唇を重ねたのか、そして彼のどんなもので、どんなセックスを
交わしたのか……どうしても思いだせなかった。つき合った期間は短く、まるで予期していた
ように吹いてきた風に背中を押されるように彼と結婚した。熱することもなく、冷めることも
なく七年がたち、最後に夫と体を交わしたのがいつだったのかさえ忘れていた。



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