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烙印
【SM 官能小説】

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烙印-4

あの頃、あなたは何度なく図書館に通い、その本を手にした。鎖で繋がれた奴隷たちの震える
肌に焼きつけられた紋様から悶えるような悲痛な叫びが聞こえてきた。いや、その叫びは奴隷
たちがあるじに支配される悦びの祈りのようにとても美しく響いてきた。まるであなた自身の
叫びのような、あなた自身に向けられた響きであるような……。

その頃、あなたは妻子のある男と別れたばかりだった。あなたはあまりに若すぎた。ひたひた
と押し寄せてくる孤独と切なさにうんざりしていた。傷つき、失意に身をゆだね続けている自
分を嫌悪していた。

ふたまわり以上も歳上の男は、あなたを束縛することもなく、かといって自由にさせたわけで
はなかった。もつれた感情の糸は、ほどいていくすべを失った。そうなることは最初からわか
っていた。わかっていながら、あなたはあえて男の胸に飛び込み、彼を受け入れた。 

あなたは、自分が男のものであることの印が欲しかった。どれほど彼と愛し合ったのか、どれ
ほど彼を憎んだのか……その印を。

そして印を欲しがったあなたを男は捨てた。あなたと彼とのあいだにあったもつれた糸は、突
然、彼の手によって断ち切られてしまったのだった。

そして、あなたは自分が向かうべき印を失った……。



図書館で何冊かの本を小脇に抱えた狩野は、あなたが開いた本に吸い寄せられるように話をも
ちかけてきた。彼は、その本についてすべてを知り尽くしたように饒舌で知識に溢れた言葉を
美しく響く声で語った。強靭に思えるような咽喉元がその麗しすぎる声を発していた。

あなたは彼をゆるやかに受け入れた。

狩野の部屋には同じ本があった。彼は、本に描かれた烙印の紋様をなぞるあなたの指に手を
触れ、握り締め、接吻をした。彼はあなたの傷ついた心の飢えを敏感に感じ取った。

まるで水に浸された水彩絵の具のようにあなたは彼と混ざり合い、あなたの中で止っていた
時間が癒され、流れだし、溶け出した時間は目の前の彼を吸い込んでいった。

あなたが彼に体をゆだねるのに時間はかからなかった。たとえ、どんなゆだね方であっても、
どんなことをされても。

彼に自分をゆだねることで鬱屈とした心と体が蜜色に染まり、身体の輪郭が毒々しくなるほど
子宮の淫らな震えが止まらなくなった。

そのときから彼はあなたにとってどうしても必要な存在となっていた。なぜならあなたは、彼
が与える《印》を無意識に予感していたのだから……。



カクテルバーのカウンターで彼は本に目を通しながらも、横に座ったあなたを振り向くことな
く、独り言のように囁いた。

……きみが望んでいるなら、おれはいつでもきみに応えられる。そうでなくても、きみはおれ
を欲望せざるえない烙印に疼いてくるのだから……。

それが、そのときの彼の言葉だった。長い沈黙が続いた。店には、オルガンが奏でるバッハの
フーガの旋律がたたみかけるように流れていた。

背中に汗が滲んだ。頬が強ばった。あなたは、ひと言も彼と言葉を交わすことなく、ドライマ
ティーニを渇いた咽喉に一気に流し込むと、自分の身体を無理やりスツールから引き剥がすよ
うに席を離れ、彼から逃れるように店を出たのだった。




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