花びらとナイフ-3
「う、う…」
私は堪えきれず、啜り泣きを始めた。
「綺麗な胸だねえ。思いのほかよく熟しているし。」
「見ない…で…。」
「見るために剥き出しにしたのに見るなって?酷いこと言うね。」
「どっちが!どっちが酷いのよ。」
「僕。」
一瞬、虚を突かれた。
「…何よ、それ。」
「自分で分かってるってことさ。僕は僕の好みの女の子に酷いことをして性的に興奮する男なのだ、と。」
「そんな一方的な!」
「一方的、ねえ。」
ナイフが右の乳房に近づいてきた。
私の顔が、マンガの様に強張っていく。
「動かないでね。刺さるとかなり痛いよ。敏感な部分だからね。」
ナイフの切っ先は、乳首から数センチの所まで迫った。
「もう…やめて下さい!」
震える唇でようやく言った言葉を、彼は苦笑いの様な表情で受け流した。
「もう一度言う。動かないで。」
ムリよ。荒く乱れた息に合わせ、肩も胸も大きく揺れているのだから。
「はい、大きく吸って、息を止めてー。」
あ、そうか。レントゲンの時と同じようにすればいいんだ…じゃなくて!
でも、言われた通りにするしかないようだ。ナイフと乳首の距離はもう数ミリしかない。
静止した乳首の先端に尖った刃先が迫る。私は、その後に訪れるであろう激痛の予感に戦慄した。
そしてついに。
ツン。
「!」
ナイフの切っ先が、乳首の先端の中央に接触した。
「見てごらん、君の乳首はどうなってる?」
どう、って…。あれ?乳輪から先がコリっと固くなってる!
「エッチな気分になった時と同じ状態になってるだろ?」
確かにそうだ。自分で弄ったら、いや、弄ろうとしただけでこんな風になる。
「このまま行けばナイフが乳房を貫き激痛が襲うというのに、性的に興奮してしまっているんだよ、君は。」
バカな、バカな…バカ…な。でも、彼の言うことを否定しきれない。だって、乳首以外にも私の体のある部分に、特徴的な変化が…。
スィ、っとナイフが離れた。
「はあ…、はあ…、はあ…」
私は止めていた呼吸を再開した。
しばらく私を観察していた男が、再びナイフを近づけてきた。
「もう一度息を止めて。」
不思議なことに、今度は顔が強張ったりはしなかった。右の乳首に迫る刃先をじっと見つめた。
不意に、ナイフが上を向き、縦になった。
そのまま刃の腹が乳首の先端にあてがわれた。
少しでも動けば乳首は切り裂かれてしまうだろう。なのに、私は恐怖とは違う感情に支配されつつあるのを感じた。
ザリ、ザリ…。
鈍く光る銀色の刃が、私の乳首の先端を横に薙ぎ始めた。縦に動かされれば一撃でスパっと切れてしまうだろうけど、刃にたいして横方向の動きだとカミソリでムダ毛を剃る時と同様、切れはしない。
ザリ、ザリ…。
「どんな感じがする?」
息を止めているので声は出せない。それが余計に自分がされていることへの異常さを意識させる。
「怖い?」
私は慎重に頷いた。
「怖いだけ?」
一瞬の躊躇いの後、私はゆっくりと首を振った。
「やっぱり君は理解が早いね。」
もはや否定のしようがない。一歩間違えば大ケガをしてしまう鋭い刃物で乳首を撫でられ…私は感じてしまっている。
スー、っとナイフが離された。
「はあ…、はあ…、はあ…」
呼吸を再開した私に男が告げた。
「比較のために、左の乳首を自分で弄ってごらん。」
私は拒否しなかった。自分でも確かめたかったから。
「う…」
指で弄ると、それはそれで感じたけれど、ナイフによる快感とは種類が違った。何というか…平和過ぎて刺激が緩いのだ。
「と、いうわけだ。立ちなさい。」
言われるままに、腰かけているベッドから立ち上がった。
「脱ぎなさい。」
言われるままに、ボタンの失くなったブレザーとブラウスの袖を抜き、床に落とした。ブラは自然に落ちた。上半身が裸になった。
「綺麗だ。本当に綺麗だね。胸だけでなく、キュっと引き締まったウェストも、可愛らしいおヘソも。」
言いながら、男は私の体にナイフの刃を這わせた。
「華奢な鎖骨、喉の窪み。」
危険極まりないナイフの刃の放浪が続き、それは顔にも及んだ。
「小さな顎、耳たぶ、唇…。何もかもが未完成なのに美しい。その意味でも僕の目に狂いは無かった。」
私は逃げたり抵抗したりしなかった。恐怖を感じなくなった?違う。怖くて怖くてたまらないのに、体が逃げようとしない。
「短く切り落とされた左側の髪と、肩に掛かった右側の長い髪との対照も素敵だ。」
さっき、男が手にしているナイフで私の髪の一部が切り落とされた。いとも軽々とそれは切られて落ちた。如何に切れ味がいいかを物語っていると言えるだろう。彼がその気になれば、私の柔らかい肌など簡単に…。
「足を少し開きなさい。」
「え?」
「さあ、早く。」
「あ、はい…。」
私は動揺しつつも言われた通りにした。一つの予感を抱きながら。