女体妖しく夢現(ゆめうつつ)-11
(11)
理沙は翌週、一人でやってきた。リュックとバッグを持ち、
「お世話になります……」
小声で言って頭を下げた。
荷物は前日に段ボールが3つ届いていた。それがすべてのようだった。
理沙と会って、私は心の中で溜息をついた。
(女を感じない……)
第一印象である。どこにでもいる中学生……。不細工ではないが特に目を引くところもない。穿き古されたジーンズは美少女ならば却ってファッションとして馴染んで見えるのだろうが、光る要素がなければさらにくすんでしまう。
小柄なほうだ。体形はそこそこ大人になりかかった肉付きを持っているが、乳房は小さいようだ。
(むらむらくるタイプではないな……)
大人の女にどっぷり浸かってきた経験のせいもあるのかもしれない。私には『子ども』に思えていた。中学生なのだから当然ではあるが……。
母の話から突っ張った反抗的な様子を想像していたのだが、不良少女のイメージは片鱗すら見られなかった。暗さもなく、むしろときおり素直な笑みを私に向ける愛嬌があった。
どちらの部屋を使うか、理沙に選ばせると手前の部屋がいいと答えた。
「こっちでいいの?」
「あたし、夜遅くお風呂入る習慣だから、ガタガタしちゃうし」
「夜中に、トイレとか、通るかもしれないぞ」
「うん」
笑って白い歯を見せた。
「学校、何時に出るんだ?」
「7時半」
「朝飯、作ってやるよ」
「できるよ、あたし。うちでもしてたから。お兄さん大学だから遅いんでしょ?あたしがやりますよ」
部屋を選んだ理由はそこにもあると知った。
「起こしちゃうから……」
洗濯も掃除も、家事は自分がやるとはっきりと言った。そうしろと言われたのか、訊くことはしなかった。
母から5万円を渡された。
「足りなくなったら言って」
金を置いて背を向けた母の後ろ姿は冷たかった。
料理も出来ると母に言いはしたが、実際はほとんど作ったことはない。せいぜい中途半端なチャーハン、たいていレトルト食品。そんなものだった。
夕飯も作ると理沙は言い、学校の帰りに買い物もしてくるというので金を渡すと、きちんとレシートと釣りを返した。
朝6時過ぎには理沙は起きて朝食の支度をする。その物音を隣室の布団の中で
聞いている。しばらくすると洗濯機の鈍い音が聞こえてくる。7時半までに済ませるのだ。食事をしている気配……。そして水を使う音。
襖が開き、
「行ってきます」
寝ている私に声をかけて出かけていく。掃除は学校から帰ってしているようだった。私が帰宅すると必ず布団がたたんであった。
食事のおかずはほとんど店で買った惣菜だったが、何のこだわりか、和食が多かった。切り干し大根の煮つけ、ヒジキ、おでん……。私はあまり好きではなかった。
「体にいいんですよ」
妙に大人ぶった言い方で言った。
数日過ごし、疑問が浮かんでいた。
(問題児?……)
とてもそんな風には見えない。本性を隠してとぼけているのかと観察していたが、装ったところはない。演技とは思えなかった。そもそもそんなことをする必要はないのだ。適当にだらだらと暮らしていれば追い出される心配もない。
そんなある日、
「あたしのこと、聞いてるでしょ?」
「聞いてるって?」
「何回も補導されてるし、問題を起こしてるって」
「ちょっと聞いたけど、詳しくは知らない」
「気にならないんですか?そんなのがいて」
「別に……。いまは真面目になったんだろ?」
「ちゃんと家事やってるから?」
「……」
「家事はずっとやってる。母親のところでも、おやじのマンションでも。けっこうやった」
理沙は特に気負った様子もなく、ただ、どこか大人びた落ち着きを感じたことが不自然であった。
こちらから何か訊けばきちんと答える子だった。嘘を言っているようには思えないし、言い訳じみたことも言わなかった。
付き合っていたグループとはどうなっているのか。
「もう切れてます」
オヤジ狩りに誘われて断ってから付き合いはないという。いまの中学に転校してきて顔を合わせることもなくなった。
理沙はシャツの袖をめくった。二の腕に3か所の爛れた跡がある。
「けじめです」
タバコの跡である。
「援交はしました。2回……」
私は何も訊かなかったが、おそらく父親ほどの相手だったのだろう。
(いろいろあったのだな……)
ふと考え、自分と重なる部分を浮かべていた。
親の愛は希薄だ。援助は受けているが心を寄せる『絆』ではない。情愛ではない。
恵まれない家庭環境だったから非行に走ったのだろうが、理沙にはすねたところも、開き直った態度も見られない。
(心は歪んでいない……)
私にはそう思えた。
現実を割り切って受け止めているのか。それにしても中学生である。他人の私と同居させられて家事をそつなくこなしている。部活もしていない。転校した先では友達はできたのだろうか。……