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この向こうの君へ
【片思い 恋愛小説】

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この向こうの君へA-2

「ちょっと、安心かな。昔からガラの悪い人って苦手だし」
「…」
ギュッと目をつぶり壁の向こうにいるすずさんを思い浮かべる。
悪気があって言ってるんじゃない、これがこの人の素直な気持ち。
「耕平君?」
何か話さなきゃ。黙ってるとすずさんが気にしちゃう。
残りの珈琲牛乳を、悲しい気持ちと一緒に一気に飲み干した。
「僕、寝ますね」
これ以上話せそうにない。泣いてしまいそうで、カッコ悪…。
「うん、おやすみ」
語尾を上げる可愛らしいその一言も今日は残酷に感じた。忘れかけてた現実を噛み締める。
何で僕はこんな顔なんだろう。何もしてないのに避けられたり怖がられたり…。
明日、すずさんがいなくて良かった。これだけ沈んだ心は一日じゃ浮かんでくれそうにない。こんなのいつもの事、慣れてるはずなのにな…。
傷ついて泣いていても、僕の外見じゃ滑稽なだけだ。

中一日あけて、今日はすずさんが帰ってくる日。
心境は、複雑。
自分なりに気持ちの整理をしたけど、またすずさんの口から“怖い人”として僕の話題が出るかもと思うと幸せなはずの日課も気が重い。
会社で椿さんに話したら
「そんな女やめときな」
と、一蹴。
「大体稲葉は人が良すぎるの!面と向かって悪口言われてんだから怒ればいいでしょ!?」
まぁ、その通りなのかもしれないけど…
「すずさんは、僕が僕だって知らないんだし」
「知らないからって許せる?」
「椿さんだって、寝言に責任とれないでしょ?それと同じ事です」
「起きてるじゃん」
悪気がないという例えです。それに僕は、無邪気で明るいすずさんが好きだから。話し始めて抱いた憧れ。
(僕もこんな風に人と話がしたい)

いつも通り2時間の残業を終え重い足取りでアパートに到着。すずさんと話す時間が近づくほど、目線は下向きになっていく。大丈夫、毎回“怖い人”の話題なんか出ない、今日はきっと実家での話がメインで―
『考え事に真剣になりすぎて周りが見えない』なんてあるわけないと思っていた、自分がそうなるまでは。
『ドンッ』
思わぬ衝撃に驚いて顔を上げた。
人にぶつかった。いつもなら反射的にすぐに謝るけど、その光景が…。
ぶつかった相手は僕とは正反対の、爽やかでどちらかと言えば男前な青年。その正面にはすずさんがいる。白くてぽっちゃりとしたその腕は青年にがっちり握られている。
え、何してんの?こいつ誰?すずさんは何で腕を掴まれてるの?
事態が全く飲み込めなくて、頭の中にはハテナ、眉間にはシワを寄せて思わず2人を凝視してしまった。
そのうち男の方が手を離して、
「…す、すいませんっ」
すずさんではなく僕に謝ってダッシュで走り去った。
どうやら睨まれたと思われたらしい。よくある事だけど、不愉快だ。
すずさんはと言うと、ペコリと軽く頭を下げ小さな声で
「ありがとうございました」
と言って足早に階段を上がって行った。
お礼を言われるような事はしてないけど、結果的には良かったのかな…。まぁいっか。これが僕だとバレないように少し間を空けてから部屋に帰った。
帰宅してすぐ風呂に入って板金工場独特の鉄と油の匂いを洗い流し、軽くご飯を済ませて珈琲牛乳をお供にベランダの定位置に腰を下ろす。


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