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この向こうの君へ
【片思い 恋愛小説】

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この向こうの君へA-1

稲葉耕平、20歳。相変わらず悩みは外見です。
「あははははは!!」
僕は今、爆笑されてます。
すずさんから逃げるように部屋に戻った直後男性アイドルを見て妬ましく思い、その後どうしても眠れず部屋を飛び出して真下の101のドアを叩いた。
「稲葉、笑える!」
事情を聞いて腹を抱えて笑う住人は、僕の会社の先輩で事務をやっている吉田椿さん。頼りになる姉の様な存在で、僕にこのアパートを紹介してくれたのもこの人だ。事ある毎に椿さんに話を聞いてもらうけどその度に笑い飛ばされてしまう。
「笑いすぎです」
人が真剣に悩んでるのに涙を浮かべて笑い転げるこの人の性格は時にありがたく時に残酷だ。
「だって、いつもみたいに犯罪者扱いされた話なのかと思ったら恋の話って!しかもあんたが可愛い?今すぐその子にこの悪人面を見せてあげたい」
「やめて下さいよ!」
「いいじゃん、いずれバレる事だし」
「バレないようにします。出勤時間も帰宅時間もずれてるし、向こうは休みの度に帰るし。今んとこ好印象なんだからうまくいけばもっと仲良くなれるはずです」
僕の意見に椿さんは「ふぅん」と呟いて首をかしげた。
顔がバレてないとは言え、知り合ったばかりの女の子が僕と親しく会話をしてくれるなんてあり得なかった。だからもっと、万が一顔がバレても嫌われないくらい仲良くなりたいんだ。

壁にもたれて会話をするようになって今日で一週間。
僕達はどちらかが言い出したわけでもなく毎晩ベランダに出るのが日課になって、最近は仕事の愚痴だけじゃなく友達や家族の話までしてくれるようになった。
「いつもあたしばっかり話してるけどいいの?」
と、すずさんが気を使うほど僕は聞き役に徹している。
「僕は話すより聞く方が好きです。すずさんの話は楽しいし」
「そう?」
気に入られたいから言ってるのではなく実際僕は人の話を聞くのが好きだ。自分以外の人の目線が分かるし、話をしてくれるという行為自体が僕という存在を受け入れてくれているように思えるから。
…なんて、ちょっとクサいこと考えた照れ隠しのように、大好きな珈琲牛乳を一口飲んだ。
「耕平君ってほんといい子だよね。照れ屋さんじゃなかったら普通に部屋にあげてるのに」
「顔見ながらだと緊張しちゃうから気持ちだけで十分です」
顔が見たいと熱望してきたすずさんにとっさにした言い訳は、『極度のあがり症で人と面と向かって会話をするのが苦手』という、自分で決めたもののなかなか情けない内容。それを聞いたすずさんが『可愛い』と予想外の反応をした為、ますます顔を見せづらくなったわけだけど。
「あたし明後日休みだから明日仕事終わったら実家に帰るの」
「じゃあ、明日は…」
そこまで言ってはっとして慌てて言い直した。
「そうですか、気をつけて!」
危ない危ない。寂しいとか残念とか言っちゃうとこだった。仲良くなれたばかりなのにそんな重いこと言ったら―…
「耕平君と話せないのが寂しいんだよね」
へっ!?寂しいの?僕と話せないのが?
「僕もです!」
思わず叫んじゃいました。嬉しすぎて。社交辞令でも構いません、その一言で明日は乗り切れます!
浮かれてた。
仲良くなれた事が楽しくて幸せで、たまに現実を忘れそうになる。
「そういえばあたし今日、101と102の住人さんに会ったんだけど2人とも普通の人だったよ」
「え?はい…」
「あとはあたしと耕平君でしょ?だからあの怖い人はここに住んでるんじゃないんだね」
「ゲホッ!」
珈琲牛乳が鼻から出る…、いや、そんな事はいいとして。
すずさんの言う“怖い人”とは、僕の事だ。
入居したばかりのある日たまたますれ違った僕の見た目が相当怖かったらしく、この一週間の会話にも“怖い人”の代名詞としてちょくちょく登場していた。


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