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【SM 官能小説】

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鏡【裏側】〜初恋〜-1

「立派な跡取りに。」
「俺に恥をかかせんでくれよ。」
「はい。努力します。」
重圧と責任感。それが子供の頃の俺の友達だった。
親父は一代で建設会社を興した。いわゆる『タタキアゲ』の男だ。
俺が小学生になる頃には、地元でも1、2を争う会社に成長させていたのだから、それなりに手腕もあったのだろう。
長男として生まれた俺に親父は跡取りとしての教育をさせた。『帝王学』とでもいう奴か。
中卒で現場仕事をしながら一代で一国一城の主になったのだから、努力はしてきたのだと思う。勿論、人にはあまり言えないような事もしてきたはずだ。
世の中そんなに綺麗事ばかりで成り立っているわけじゃない。努力さえすれば誰でも成功するなんてのは絵空事だ。
そうまでして築き上げてきた城を守りたいのは当然だろう。
だが、親父の根底にあったのはコンプレックスだ。
デカい会社、大勢の社員、地元でも一番の土地に建つ豪邸。金で買えるものならなんでも揃った生活。
しかし、親父にはどんなに足掻いたところで絶対に手に入れられないものがあった。
それは『歴史』だ。綿々と受け継がれる“血”と“伝統”。地元の『名士』と呼ばれる人々で結成される会があった。
大型の公共事業や地元出身の代議士が口を利いた計画など、その会の会員の会社が各分野で優先的に仕事を得られた。
親父の会社は、一番の実績を持ちながら、いつも二番手の仕事しか得る事が出来なかった。
親父がその会に入会する事を渇望していただろうことは、想像に難くない。しかし、親父の望みが叶えられることは無かった。
全て自分の力で勝ち得てきた男にとってそれがどんなに悔しく惨めで砂を噛む想いだったか…。
そんな親父が俺に対して期待したのは当然だ。自分一人では成し得なかった“歴史”を創る足がかり、“血”の流れを途切れさせること無く連綿と継続させてゆく為の礎。
俺は小さいながらそんな親父の夢を感じ、親父を喜ばせる為の努力をした。
おふくろは、テストで良い点を取ってくると喜んだが、親父は俺がリーダーになると喜んだ。
小学六年生の時、児童会の会長になった俺への“ご褒美”は小型のクルーザーだった。
夏休みそのクルーザーで海に出て釣りをした事が子供時代の俺の最高の思い出だ。親父とおふくろが仲良く俺を見つめていた事が嬉しかった。俺を囲む親父とおふくろの笑い声が幸せだった。
中学生になった俺は、全て一番を目指した。勉強もスポーツも、勿論リーダーとして周りから認められるように。
中二の時には三年生を抑えて開校以来初めて二年生で生徒会長になった。
三年生の一部の人間は、やっかみを込めて「ああ、あのナリキンか」などと言ったが、俺が築き上げてきた信頼と人望はその程度で揺らぐようなものでは無かったし、俺自身気にもしなかった。

何日か経ったある日、親父が俺に言った。
「今日は一緒に飯を食うぞ。」
「はい。」
親父と一緒に車に乗る。着いたのは地元でも一流と言われるホテルだった。
レストランに入ると一般の客たちのテーブルからは見えない少し奥まったところにある部屋に通された。その部屋には既に先客があり、親父と俺が入ってきたのがわかると、俺たちを出迎え、
「お招きありがとうございました社長。」
と、深ぶかと頭を下げた。
「洋子さん?」
「こんばんは、お久しぶりですね坊ちゃま。」
「あ、こんばんは。」
俺は少し狼狽えながら挨拶をする。
「すまんな、忙しい君を呼び出して。」
「いえ、構いません社長。お招き頂けて嬉しいですわ。」
「今日はこいつの祝いをしてやろうと思ってな。」
そう言いながら親父は俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。
洋子さんは親父の秘書をしている女性だった。一番最後に彼女を見たのは、小学五年生の時だったから三年ぶりになる。あの頃の彼女は大学を卒業したばかりで、馴れない秘書業にあたふたと親父の後を追っていたが、今日の彼女は、落ち着きの中に自信さえ感じられた。
初めて会った時から綺麗な人だなと子供心にも思ったが、今夜目の前にいる洋子さんは、艶やかさを増し彼女の美しさは更に磨かれたものになっていた。
思春期真っただ中の少年には、直視することさえはばかられるような大人の女性がそこに居た。
それから俺たちは三人でテーブルを囲み、食事を楽しんだ。目の前に出される料理はどれも素晴らしいものだったのだろうが、俺は料理の味を堪能する余裕など無く、時折風に乗って運ばれる洋子さんの香水の香りに目眩を覚えるのだった。
親父と洋子さんは食事をしながら仕事の話をしていたが、俺は中に入れるわけもなく二人の話を遠いところで聞いていた。途中、何故ここに居るのがおふくろではなく洋子さんなんだろう?という疑問が浮かんだが、それはこの場には不具合な質問のような気がして訊ねることはしなかった。


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