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梟が乞うた夕闇
【鬼畜 官能小説】

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 女は自分たちを見つけると、頭上で手を大きく振って飛び跳ねた。深雪が早足で駆け寄ったから陽介も続いた。
「久しぶりぃー、元気?」
「うん元気、元気! ごめんねー、急に押しかけて。迷惑じゃない?」
「そんなことないよ。せっかく来てくれたんだもん、ゆっくりしてってね」
 低層だけで構成される高級マンションは敷地に対して広く前庭を配していた。何人かの掃除夫が車寄せに落ちた木の葉を箒で集めている。深雪と女がはしゃいで話しつつエントランスへと向かうと、彼らは口々に二人に向かって挨拶をした。
 機構を出てタクシーを捕まえた。高速を使ってのタクシー移動なんてさすがは特務機関だなと思っていたのに、横浜へ着くと深雪はさっさと降りてしまって、残った陽介が支払う羽目になってしまった。交通費精算は期待できそうになかった。
 車を降りて深雪を探すと、駅近くにズラリと並んだコインロッカーの前にいた。ロッカーに入っていた色違いの二つのボストンの一つを何の説明もなしに手渡される。そしてまた、深雪は何の説明もなしに駅に併設された商業施設の中へ入っていくと、都内でもよく見かけるアロママッサージ店の受付を無言で通り過ぎていった。カーペット敷きの店内を仕切るカーテンは全て開いており、他に客はいないようだった。
 奥まった場所まで行くと、
「そっちで着替えて」
 と、遂に最後まで何の説明もなしに指差した。なんでですかと問う前に、通路を挟んで反対側のセパレートに入り、首だけを出した深雪は、「覗いたら殺すからね?」
 そうひと睨みして、シャッとカーテンを閉ざした。
 っていう「フリ」かな、と妄想しつつ、陽介も仕切りの中に入ってボストンを開けると、中からはシャツとジーンズ、そしてスニーカーまで一式が入っていた。全身着替える。恐ろしいことに、衣類は全てジャストフィットだった。しかも靴は新品ではなく、まるで自分が履き慣らしてきたかのような使用感がある。用意周到に同梱されていたビニール袋へ革靴を入れ、畳んだスーツとシャツと一緒にボストンに仕舞い外に出ると、まだ深雪は着替えているようで、カーテンの中から衣擦れの音が聞こえていた。
 覗いたら本当に殺されるのだろうか。確かめてみたい誘惑を振り切るように周囲を見回すと、本当にただのマッサージ店のようだった。PCのバックライトに照らされた受付の店員が遠くに浮かんでいる。陽介など店の中に存在しない体で、粛然と業務に当たっていた。
 もう一度深雪の居るセパレートに目を向けると、カーテンが閉じ切っていないことに気づいた。僅かな裂け目の向こう側、薄闇の中で蠢く影が見える。
(しまった、もっと早く気づいていれば……)
 だがすぐに、これは深雪の罠なのではないかと思えた。覗くなと言い置いたくせに、油断した隙間を残す。
 カーテンの隙間へ近づくか否か逡巡する間も無く、深雪が出てきた。決断が遅かったことに対する深い後悔は起こらなかった。起こる前に、深雪の姿に見惚れてしまった。バレエシューズにスキニージーンズ、ネルシャツを羽織って前を結び、下ろしていた髪を纏め上げてヘアクリップで留めている。この短い間にメイクまで変えて、陽介より年下かと思えるほど若返っていた。
「なに?」
「……え、いや」
「なによ? 言いたいことあったら言っていいよ? 失言しても殺すけどね」
 鼻息で嗤った深雪は、自分のボストンを陽介へ渡し、スタスタと出口へと向かった。帰る時も店員は無反応だった。
 それから向かったのがこのマンションだった。深雪は「初仕事」と言っていた。変装して誰かを監視、尾行でもするのかと思っていたが、マンションの前で女に呼ばれると深雪はあっさりとこれに応え、エレベーターを待つ間も他愛もない話をしてキャッキャと笑い合っている。
「どうですか、先輩? 憧れの専業主婦生活は?」
 深雪に問われた女は、羽織っていたストールを肩に巻き直しつつ、
「んー、まあまあかなぁ。やっぱねー、子供がいると色々大変だよ」
 そんなことを言いながら、こんな豪奢なマンション住まうくらいだ、階数表示を見上げる横顔は生活のゆとりを窺わせた。


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