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梟が乞うた夕闇
【鬼畜 官能小説】

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-2

 扉が開き、三人で乗り込む。閉まりぎわに、女は入ってすぐのところに立っていたコンシェルジュに黙礼をした。
 だが密室になると、陽介の前に立つ二人から笑い声が消え、滑らかに昇っていく庫内は急にシンと静まった。
「――顔が恐くなってる。笑って。カメラがあるから」
 斜め後ろから肩越しに垣間見た深雪は笑顔そのままだった。女の方はというと、深雪の言う通り、先ほどまでとは打って変わって頬が強張り、窘められて浮かべる笑みもぎこちないものになっていた。
「藤田くん、何か話して?」
「え?」
「この人、笑わせて。……てか、ついでにあんたも笑うのよ?」
 深雪のムチャ振りに、暫し思案した陽介は、
「あの、さっきは覗いてすみません」
 と言ってみた。
「あ、やっぱ覗いてたんだ。どぉ? 私、けっこうオッパイ大きかったでしょ? 形も自信あるんだよね」
 それでも深雪の笑顔は崩れない。
「はい、思う存分拝見しました。深雪さんが期待してるみたいだったので」
「そうなの、私、露出魔なんだ。誰にも言っちゃダメだよ? あ、それからね……」
 深雪がクルリと振り返り、もぉっ、と拗ねた彼女が彼氏を非難するように胸を手のひらで軽く叩き、「気安くファーストネームで呼ばないで」
 そう言っても見事なまでに表情だけは保っていた。同乗する女のぎこちなさは拭えなかったが、陽介は深雪の名を呼びおおせたことに満足し、最上階で止まったエレベーターから降りて内廊下を進む間も自然としたニコやかな笑みを浮かべ続けることができた。
 玄関に入ると、鍵を閉めている女を残して深雪は勝手にずかずかと中へ入っていった。廊下の両側のドアの数から察するに4LDK、しかも最奥のリビングはとてつもなく広く、調度品も高級感丸出しだった。
 深雪は窓際まで進んで、ガラス越しに左右を確認しつつ、
「あんた、絶対殺すからね。でも、それはあとで。……どこ?」
 と背中に向かって言った。最後の問いは陽介に向けたのではなく、リビングに入ったところで青ざめている女に言ったものだ。
「あ、あの……、は、早くしてください。もうすぐ、こ、子供の幼稚園が終わるので」
「だから、早く出してよ。届いてるでしょ?」
「……」
 女は対面キッチンに向かうと、調理台の下の引き戸を開けた。潜るように頭を突っ込み、奥からセカンドバッグを取り出す。深雪は女の前まで赴いてそれを受け取ると、
「子供の手の届かないところに置いておけって言われたでしょ?」
 そう愚痴を言って、陽介に向かって顎で行き先を指し示した。バルコニーへ出ろということだ。
(突き落とされるのかな……、覗いたなんてウソなんだけどな)
 深雪も外に出てきた。こっち、とプランターに茂った小木の陰に座る。陽介も深雪の側まで行ってしゃがんだ。
「……ちょ、近いよ、この覗き魔」
 案外根に持つタイプなのだろうか。後で、と言ったくせにエレベーターの中で言った虚言にまだ絡んでくる。
「覗いたなんてウソですよ。暗くて深雪さんのホクロの数は確認できませんでしたから」
「ふんっ」
 深雪は鼻を鳴らすとバッグを開け、レザーグラブを嵌めた。次に取り出したグロックを目にしても表情を変えない陽介に舌打ちすると、葉枝の間から外を覗いた。
「香菜子が惚れてるってことだから、どんな爽やかボーイかと思ってたけど、最悪」
「爽やかボーイってダサいですね」
「そうだね。でもムッツリスケベの覗き魔よりずっとマシ。それにいま『香菜子が惚れてる』っつっても、当ったり前の顔をしてるし。何? 惚れられて当然って思ってる?」
「告白されましたからね。そりゃ知ってますよ」
「告られたついでにヤッたんでしょ?」
「捜査員のプライベートまで内偵するんですか? この組織は」
「香菜子と一緒に住んでたの、私。夜中、遠くの方からあの子の可愛らしーい声で、アンアンあんたの名前呼んでるのがよく聞こえてきた」
 冗談を織り交ぜて深雪と戯れるのは楽しかったが、これ以上香菜子を思い出したくなかったから、陽介は同じように枝を掻き分けて外へ目を向け、
「どこを狙うんですか?」
 と職務に集中するよう促した。
「あの水色のビル」
 マンション前の道路を見下ろしたすぐ先に、商用と思しき三階建のビルがある。
「ミワ・ケアサービス」
 陽介はガラス戸に確認できた社名を呟いた。
「そ、介護会社。代表は美羽誠亮サン、……こと、解散した江端会美羽組の元組長さん。まーっ黒のブラック企業ってウワサどおり、どう考えても江端会のフロントだよね」
 陽介の隣で深雪はビルに向けてグロックを構えてみせる。
「隠れたってどこから撃ったかすぐ分かりますよ?」


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