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梟が乞うた夕闇
【鬼畜 官能小説】

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第一章




 先導していた白衣の男が壁のスイッチを入れると蛍光灯が瞬いて、窓がなく四方壁だけの室内が薄暗く灯された。六畳ほどの部屋の真ん中に寝台があった。
 先に入った深雪の隣に立った陽介は、腕組みをしたままじっと寝台を見つめるその横顔を一瞥した。部屋そのものが低温管理されているため、整った鼻梁から微かに白い息が舞っている。美しく反った睫毛、蠱惑的に膨らむ朱い唇。思わず見とれてしまいそうになっているところへ、
「じゃ、開けますよ」
 と、案内してきた白衣の男が声をかけて邪魔をした。
「……ええ。よろしく」
 殺菌剤が撒かれているのだろうか、相当古い造りの建物で、昔ながらの壁材に何十年と染み込んできた臭いが数分もしないうちに頭を痛ませてくる。普通の病院ならばとっくに建て替えられていることだろう。その必要がないのは、ここには病人がやってくることがないためだ。善良なる市民がやってくるとしたら、ナイロン製の袋から姿を現し始めたこの男のように、この施設の手を煩わせる善良ならざる死人となってからだ。
「なにコレ? ほとんど残ってない」
 深雪はパンプス踏み出して寝台を覗き込んだ。
 袋が開くにつれ、瞼が閉じ切っていない中年男の顔、首から肩、裸の胸元が現れる。しかし、そこまでだった。
 男の胸から下は斜めに抉れ、袋の底である内布が見えてくる。つまり無為の空間が続いて、開いていくスライダーとともに目線を進めていくと、次に現れたのは大腿骨が白く突き出た足だった。しかも右足のみ。左足は脛まで失われていた。
「はい。ドライアイスが少なくて済みます。身元を割り出すための顔はキレイに残してくれてるんですからね。経費が抑えられて助かりますよ」
 左右に袋を開いた白衣男は、真顔のままそう言った。「残りは別保管にしてます。ですが、ご覧にならなくてもいいでしょう。理学的に調べなきゃ、体のどこの部分かなんて、見ただけじゃ何もわかりませんよ。ただの肉片ですから」
 そんなグロテスクな解説も平然と付け加えたあたり、冗談ではなく本気でそう思っているようだ。
 陽介は寝台の上に現れた無惨な男の姿を見て、笑いが漏れそうになった。
 正確には目の前の死体に対してではなく、体の大半は失われているのに、通常の――というのもおかしいが――検死体のように、欠落した部分に体躯のシルエットが浮かびそうなほど絶妙な位置に頭と足を並べた、この白衣男の律儀さに対してである。こうもバラバラになってしまったのなら、頭胸部と両足をまとめて三つ寄せておけば、更にドライアイスが少なくて済んだではないか。ひょっとしたら、この白衣男は細かなピースになってしまった部分も復元させて、パズルを完成させたいと思っているのではないだろうか。
 寝台に横たわる虚ろな亡骸を見ながらの不謹慎な笑いは、幸いにも寝台を巡って検分している深雪には見えていなかった。相変わらず眉を寄せて死体の各所を見つめている。険しい顔は部屋の蒼白い灯に照らされて、なお一段と麗しく映えていた。
(……!)
 不意に目線を上げた深雪と目が合った。不埒な鑑賞をしていたのが見透かされたかと危ぶまれたが、
「これじゃ見ても仕方ないわね」
 やはり寒いのだろうか、深雪は軽く鼻を啜った。
「来る前に聞いていたとおりでしたね」
「そうね」
 陽介のほうを見もせずに言うと、また腕組みをして元の場所に帰ってきた。芳しいフレグランスが戻ってきて、こめ髪を刺す頭痛を癒してくれるような気がする。
「前と変わったところは?」
 深雪が白衣男に問うと、
「手口は一緒ですよ。ですが前よりもずっと強力で、精度が上がってますね。……まあ、この男にとってはその方が幸いだったかもしれません。ほぼ即死、苦しむことはなかったでしょう」
 寝台の対面で手を結んで立ったまま肩を竦めた。
 苦しむどころか……、陽介は軽口を言おうとしたが、決して虫の居所が良いわけではなさそうな深雪のオーラが許してくれそうになかったからやめておいた。
「精度、ね」
 大袈裟に息をつき、「体のすぐ前でドカン、じゃ、確実に殺されちゃうわけだ」


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