幼稚園の朝-3
由香の言葉には安堵と感謝の気持ちが滲み出ていた。
瑠美子は白い手首に細い鎖のように巻きついた小さな腕時計に目をやった。
丸みを帯びたデザインのそれは、時計というよりはアクセサリーに近い。
「どうかしら?お時間があるようなら、軽くお茶でもしていかない?少し離れたところだけど、良い喫茶店があるのよ。わたしのクルマで行けばすぐよ」
せっかく出会った娘のお友だちのママさんである。
断る理由はなかった。
二人は幼稚園の駐車場へ向かった。
歩きながら園児を送ってきた何台もの保護者のクルマとすれ違った。
外国車の比率がとても高い。
国産車でも高級車が多い。
この界隈はいわゆる高級住宅地で、お金持ちが多く住んでいる地域だった。
そんな住宅地のなかに、由香の夫が勤める会社の古い社宅がたまたまポツンとあった。
そこへ由香は引っ越してきたのだ。
外車に乗り降りしているママさんたちを見ていると、普段着なのに一味どこか違う。
彼女たちは、カーディガンひとつにしても、どこか華やかで品がよい。
由香は自分が着ている格安量販店で買ったトレーナーが急に気になった。
(きっとゼロの数が違うはずだわ)
トレーナーの値札を思い出して由香はそう思った。
瑠美子はブランドのロゴが刻印されたレザーバッグからクルマのキーを取り出すと、駐車場のクルマに向けてキーホルダーのボタンを押した。
返事をするように1台のクルマがランプを瞬かせた。
「これが瑠美子さんのクルマなの!?すご〜い…」
それは誰もが名前を知っているヨーロッパの高級車だった。
ルビーのようなきれいな色合いを醸し出しているレッドのボディである。
高級車でありながらワゴンタイプなので日常生活にも使い勝手が良さそうだった。