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おしの洞
【ホラー 官能小説】

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夏の村-4

「あれ」
なんの音もしない。フックを何度か押したがツーツー音が聞こえない。
「あの、この電話、通じていません」
「え?」
女が受話器を取るとき手が触れた。柔らかい指だった。
「本当。イヤだわ、またいたずらされたみたい」
「いたずらって?」
聞けば女はこの宿を一人で切盛りしているのだそうだ。元々は祖父の代からの宿屋だが、跡継ぎの両親が早死にし、一人娘の自分が継いだと言う。
「でも、町と違ってお客さんも滅多に来ないしもう閉めようかと思っているんです。女の一人暮らしだから、こんな嫌がらせをする人もいて」
「警察に言った方がいいですよ。何かあったら大変だし」
「都会と違っておまわりさんに言ってもねぇ、自転車でのんびりやって来て「ああ、切られてるね。戸締りをしなさいよ」で終わりなんですよ」
まぁ仕方がないか。無断キャンセルで宿泊費を払うのはもったいないが、今から町へ戻るのもめんどうだ。
「すみませんね、お客さん。お風呂を用意してありますから、まずは温まってください。こんな宿ですけど、庭に露天風呂がありますから」
「露天て。温泉出るんですか?」
「ええ。祖父が山から引いたんです。バブルの頃は地上げ屋が売れってひどかったんですよ、この辺りで温泉が使えるのはうちだけなので」
池のような浅い風呂ではあったが、温泉は適温で心地よかった。簡単な屋根があり、雨にも濡れない。都内のアパートはユニットで浴槽がないから、こんな風に手足を伸ばして湯に浸かるのは実家に帰った時くらいだった。濡れた服は洗って干してくれると言う。夏場でもあるし、朝には乾くだろう。
風呂から上がると、部屋には食事が用意してあった。野菜のてんぷらと焼き魚。一人用の鍋には野菜と肉が入って、ダシのいい匂いがした。
早朝に都内を出て、電車の待ち合わせに駅のそば屋でうどんを食べたきりだったので、こんな温かい食事はありがたかった。ホテルに泊まったらコンビニか、ラーメン屋を探すのが関の山だ。宿泊費を聞いたら、電話も通じず迷惑をかけたのでいらないと言われた。そう言うわけにも行かないだろうから、1万も払えば充分だろう。
チャンネルの少ない映りの悪いTVでバラエティを見ながら夕食を取っていると「お客さん」とドアの外から声をかけられた。
「お酒をお持ちしました。サービスですよ」
「え、俺酒はあんまり」
「これね、この辺りの木の実を漬けた果実酒なんです。すこしづつ飲むとポカポカして来ますよ」
言われてみればエアコンも入っていないのに肌寒い。
「夏でもここはこんなに涼しいんですか?」
「そうですねぇ。雨も降っていますしね。置いておきますね」
女が下がる時、屈んだ胸元がちらりと見えた。白い肌とくっきりと深い谷間。男は目を逸らし、どうもと曖昧に頷いた。



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