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おしの洞
【ホラー 官能小説】

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夏の村-3

「こんなに遠かったか?」
枝や落ち葉や草を踏みながら歩いているのに、一向に雑木林を出ることができない。迷ったか?まさか!樹海じゃあるまいし。第一、一本道だったじゃないか。
気づけば、彼は小走りになっていた。枝が腕にひっかかる。たいした荷物も入っていないのに、リュックが重い。電波さえ拾えればタクシーを呼べる。急げ。スマホが使えるうちに予約しておけば良かったと後悔した。
そこに突然、雨が降り出した。大粒の夏の雨だ。
「ちくしょう、こんな時に」
雨が葉に当たって、バラバラと音を立てて落ちてくる。大きな木の下に駆け込み、リュックからタオルを取り出した。折りたたみ傘は持っていない。小降りになるまで待つか悩んだが、やはり気味が悪い。タオルを頭に乗せ、出口に向かって走った。
やっとあぜ道に戻ったが、雨は止みそうにない。雲は真っ黒だ。なんでこんなに薄暗いんだ。タクシーを呼びたいのに相変わらず電波がない。
ずぶ濡れになってバス停まで戻ろうとした時、雑木林の入り口近くに人家の明かりを見つけた。行きには気づかなかった。
電話を借りられないだろうか?雨宿りさせてもらって、ここまでタクシーに来てもらえれば。
雨の雫に目を瞬かせながら近づくと、ガラスの引き戸の横に「民宿」と書かれた板がかかっていた。
「ラッキー」
つぶやいて引き戸を開けた。

「まぁ、東京からこんな田舎に?」
事情を説明すると、宿の女性が熱いお茶を出してくれた。時々、こんな風に急に天候が変わるのだと言う。
宿は古く小さく、他に宿泊客もいなそうだった。
「傘をお貸ししてもいいですけど、びしょ濡れですし少しお休みなったらいかがですか。他にお客さんもいませんし、宿は片手間なのでお気になさらないでいいですよ。今、浴衣をお持ちしますから」
女は年上に見えた。黒髪を後ろで束ね、白いブラウスに紺のスカートを履いている。化粧気はないが唇が赤く、少し色っぽい感じだ。民宿で雨宿りでは申し訳ない気がした。雨はますます強くなっているし、ビジネスホテルはキャンセルして今夜はここに泊まってみようか。「おしの洞」についても何か聞けるかもしれない。何しろこんな近くにあるのだ。
「スマホが使えないんです。ホテルをキャンセルしてこちらに泊まりたいんですが、電話を貸してもらえますか」
「あら。たいしておもてなしはできませんけど、いいのかしら。電話ならこちらに」と廊下の奥を指差した。
「私の部屋にあります、さぁどうぞ」
ドアを開けると6畳ほどの部屋がある。たんすと鏡台、折りたたみのお膳があるだけの質素な部屋だった。電話は鏡台の横にあった。今時珍しい黒電話だ。
恐縮しながら部屋に入ると、香水でも芳香剤でもない甘い匂いがした。女の匂い?男は少しばかりドキドキしながら受話器を持ち上げた。


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