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耳にキス、キス、キス。
【女性向け 官能小説】

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螺旋-8

「よかった。あ、彼氏さんとか──」
「彼氏ね、去年の夏の終わり頃に別れちゃった」
「えっ、わわ、ごめんなさいっ」
「ううん、全然構わない。もういいの、あんなやつ」

 あいつはどうしようもなく甘えん坊で見栄っ張りで、でも馬鹿みたいに正直で憎めなくって……放っておけないような男だった。
 彼はわたしと別れてすぐ、事もあろうかわたしの短大時代からの友達と付き合い始めた。
 彼と彼女はずっとそういう関係だったのかもしれない。

 わたしは友達と彼氏を一度に失った。
 笑えるくらいよくある話。涙が出るくらい、笑えるわ……。

「ちなみにっ、僕も今は誰ともお付き合いしていないんで!」
「え、うそー。信じられない。モテるでしょ、ヒロキくん」
「いやもう……だめなんですよ。愛が重いっていつも引かれてフラれるんです」

 しょんぼり。
 そんな文字が浮かんで見えるような気がした。
 怒られてしょげている柴犬みたい。
 わたしはつい微笑んでしまいそうになる口元をカップで隠しながら意外だわと言った。

 目線の先にある席に座っていた女性が立ち上がった。
 やわらかそうな髪を覆うようにストールマフラーを巻いている。手触りの良さそうなライトグレーのマフラー。
 オフホワイトのコートがとてもよく似合っている。
 綺麗なひとだ。どこか寂しそうな横顔。薬指の指輪とその表情が強く印象に残った。

「依存してしまうんです、相手に」
「依存、かぁ」
「女の子みたいねって言われたことがあって。恋愛って難しい」
「そうだね、難しい。わたしも失敗してばかりだもん」

 あいつとあの子の顔がチラつく。
 大好きだった彼氏と友達。ふたりのことをほんとうに大切に思っていた。
 それなのに……。

「でも、だからこそ気持ちをわかり合えるね。あのバンドの歌にも共感できるでしょ?」
「うん、確かにそうだわ。いつかライブに行ってみたいなあ」
「いっしょに行こう! 他のCDも貸すし!」

 ぱあっと、ひまわりが咲いたような明るい表情をしてヒロキくんが言った。
 泣きぼくろが下がったりあがったり、本当に可愛らしい男の子だなとわたしは頷きながら思った。

 愛が重かろうが女の子みたいだろうが、やっぱりヒロキくんはモテるタイプの人間だ。
 このくるくる変わる表情をそばで見ていたいと感じるひとはきっと少なくないはず。

 こうして向き合って話していても、時折彼の鞄の中からスマートフォンの鈍い音が聞こえてくるのがその証拠だ。

 でも彼は決してスマートフォンを触らない。見向きもしなかった。
 目の前の相手との時間を大切にするひとなのだなと感じた。
 それはとても好ましいものだった。

「沙保さんのおうちに行くときに持っていくね。『螺旋』みたいなメロディアスな曲もまだまだいっぱいあるし、激しい曲も聞いてもらいたい」

 ヒロキくんがハードロックなどの激しい楽曲を好んで聞くということを思い出す。
 ヒロキくんが好む曲ならどんな曲でも聞いてみたいと思った。もっともっと彼のことを知りたい、とも。

「うん、ありがとう。楽しみにしてる。『螺旋』を初めて聞いたとき、ほんとうにびっくりするくらい鳥肌が立ったの。音楽を聞いてあんなふうに感じたのは初めてだった。感動して泣いちゃった」
「わぁ、すごく嬉しい。僕もですよ。すごく心に響いた。恋人が死んじゃう歌ですが、実はボーカルの実家で飼っていた老猫が死んじゃったときに作った歌だって雑誌に書いていました」
「そうだったの……猫ちゃんが……」
「子どもの頃からいっしょに成長してきた猫で、すごくショックだったみたい」
「猫ちゃんも家族だもんね」

 動物を“ペット”というより“家族の一員”だと考える家庭が増えたと聞いたことがある。家族を失うつらさは想像するに余りある。
 歌うことで彼はその悲しみを癒すことができているのかなあ。



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