解放-2
「いや、素晴らしい体験だったよ」
横田は時折東京の本社に出向く、会社の基本的な方向を決める会議に出席するためだ、そしてその都度旧友の熊谷と酒を酌み交わすのが楽しみでもあるのだ。
熊谷がAVメーカー兼プロダクションを立ち上げて成功している事を知っている横田は桃香の話を切り出した。
「ほう、どういう風に?」
「あれは男の快楽のために作り上げられた芸術品さ、見た目で楽しむだけじゃないぞ、体のあちこちに仕掛けが隠されているんだ」
「どう言う事だ?」
桃香に施された改造、そしてそれがどのように使われるのかをつぶさに聞いた熊谷は唸る。
「なるほど・・・日本じゃ考えられないが・・・」
「あの国でだってそうさ、普通はな・・・多分戸籍を持たない子供だったんだろう」
「それはどういうことだ?」
「一人っ子政策のせいで戸籍を持たない女の子はどれだけいるか分らない、農村部では跡継ぎになる男の子が必要なんだ、産まれて来た子が女の子だと届出ずに隠してしまうこともままあるのさ、そんな中で容姿に恵まれた娘を『飼う』金持ちもいるんだ」
「AVの世界では女を監禁して飼育する、と言うテーマは良く使われるが・・・あの国ではそんな事が現実にあるんだな・・・」
「ああ、おそらく桃香の飼い主は医師だったんだろう、自分の快楽のために桃香を改造したんじゃないかと思うね、その上で古来から伝わる秘伝の性戯も教え込んだ、そう言う事なんだろうと思うよ」
「面白いな・・・彼女の立場になったら『面白い』では済まないが・・・」
「ああ・・・あの娘は娼館でしか生きていけないだろうよ」
「だが、いつまでもというわけにもいかんだろう」
「そうだろうな」
「その後はどうなる?」
「元々存在しない人間なんだ・・・闇に葬られるんだろうな」
「それを彼女は知っているのかな?」
「さあな・・・でも考えればわかることだ、察してはいるかもしれないな」
「酷いな・・・」
「それがあの国での現実だよ、なにしろ日本の10倍の人口だからな、奇麗事を言っている余裕なんてない、用のない人間を生かしておくような事は出来ないのさ」
「・・・戸籍は作れないのか?」
「作る?捏造か?」
「そうだ」
「まあ、金次第だな・・・学歴も要るんだろう?」
「ああ、義務教育が終わっていると言うだけで充分だが」
「さすがに大学の学歴はおいそれとは買えないが、義務教育までならどうにでもなるだろうな」
「手配できるか?」
「まあな・・・」
「いくらぐらい要る?」
横田が口にした金額は想像をはるかに下回った、言い換えれば桃香の両親はその程度の金ですら用意できなかったことになる。
「お前・・・あの娘を日本に連れて来ようと思ってるんだろう?だけどそいつは難しいぜ、あっちでは金次第だがこっちで受け入れてくれないだろう?ビザを取る宛てでもあるのか?」
「国籍を取らせればいい」
「簡単に言うなよ、技術者や学者ならともかく、養子に取るか何かしないと難しいぜ」
「養子の受け入れ先があればいいんだろう?」
「お前だと難しいんじゃないか?AV女優に仕立てますと言ってるようなもんだ」
「引退した女優なら?」
「まあ・・・あり、かな・・・一応はな」
「その元女優が盲目の上に心臓疾患を抱えていて、一緒に暮らしてくれる娘を欲しているとしたら?」
「そう言う事ならハードルはずいぶんと低くなる、ひょいと跨げるくらいにな・・・当てがあるんだな?」
「ああ、ある」
「それであの娘を引き取りたいと・・・ただな、娼館は簡単には手放さんぞ、売れっ子だからな」
「どれくらいで手放すと思う?」
「そうだな・・・」
横田の口にした金額は概ね想像どおり、都内でマンションが買える程の金額だった、もしその娘が横田の言うとおりだとしても元が取れるかどうか微妙なところだ、しかし、最近になって最大の看板女優を海外移籍で失っているシネアートにとっては、多少の赤字を覚悟しても欲しい人材ではある。
乗り越えないといけない様々な問題もあり、経営上だけでは済まないリスクも・・・しかし、熊谷の反骨精神はハードルが高いほど頭を擡げてしまう。
「お前、いつ向こうに戻る?」
「あさってだが・・・」
「俺も一緒に行く、その娼館に案内してくれないか?」
「俺の紹介では無理だよ」
「そうなのか・・・」
「しかし、例の豪農には頼めるよ、まだ当分の間取引を続けるつもりだからな」
「本当か?ぜひ頼むよ」
「それで気に入ったら戸籍か?」
「ああ・・・骨を折ってくれるか?」
「まあ・・・な・・・」
「危ない橋を渡る事になるのか?」
「まあ、そうでもないよ、いいよ、お前の頼みだし、いつかあの娘が闇に葬られるのを知っていて手をこまねいているのも気が引けるしな・・・」