〜 一発芸 〜-2
「きをつけ」
澄んだ教官の声に対し、
「「ハイ!」」
ビシッ。 ビタリと脇を締め、身体をこれでもかと薄ぺらくし、直立姿勢で答える3人。
「貴方たち、さっきから全くなってないわ。 自覚はあるの?」
「「ハイ! インチツの奥で理解します!」」
「マスターベーションすらままならなくて、いったい何ならできるのかしら。 ねえ29番」
「えっ、え、えと」
どもる29番。 左右を見回しても助けは来ない。
「『え』じゃなくて。 何ができるか、と聞いているの」
「あっ、その、あのぅ」
何か言おうと、彼女なりに頭を回転させているのだろうか。
私だったらどうするだろうか、と考えてみる。
何でもいい。 自分にできることをハッキリ告げると思う。 少なくとも黙ったままでいることはない。 沈黙が悪意をもって受け止められるのは、何も言えずに教室から連れ出された少女――30番といったか――が身をもって教えてくれたからだ。
オドオドするだけの29番に、教官は小さく肩を竦めた。
「もう結構。 貴方のオツムが空っぽなのがよおくわかりました」
「……うう」
口を閉ざしたままの29番。 自己主張する胸に反比例して、目線が下がる。
「20番」
「! ハイ!」
「貴方は何ができるのかしら」
次は自分に質問がくると、20番は予想していたようだ。 大きく返答し、スゥと息を整えると、
「あの……お、お……」
「『お』? 『お』の次は?」
「おしっこです! うちは『噴水おしっこ』ができます!」
教室中に大声が響いた。 『噴水おしっこ』……意味が分からないけれど、なんだか自信にあふれた響きだ。 ただ、言葉がもつ間抜けな韻と裏腹に、20番の表情は真剣そのものだった。
「ふうん。 なら、今すぐその場で、それをしなさい」
「ハイ! 20番、ふ、『噴水おしっこ』します!」
しなやかに体を丸め、20番は両手を床につけた。 と、みるみる上半身が前傾し、その場で逆立ちをしたではないか。 華奢な外見に似合わぬ筋力で、両手を伸ばし、やや背筋を逸らし、足を延ばした曲線はお世辞抜きで美しい。 バレエか、あるいは新体操か、どちらにしても見事な運動神経だ。 20番に感じた小動物の気配は、彼女が備えた敏捷さが醸していたのかもしれない。
20番の動きは続く。 逆立ちしたまま、足が左右に開いたのだ。 太ももが床と水平になり、膝を曲げたところで、20番は静かに止まった。 がに股をそっくり上下反転させた恰好。
「んっ……!」
プシッ。 シャアア……。
真上迸った黄色い飛沫。 アンモニアの饐えた香りに咽せる私。
「噴水します! 下品な匂いと音をお許しください!」
ショロロロロ……。
尿は股間から30センチほどの高さに上がったところで止まる。 そしてもときた軌道をたどり、22番の股へ落下し、ピシャリと辺りに飛び散った。 一部は私の机にかかったし、教壇にかかったかもしれない。 大部分は20番の小ぶりな胸や背中を伝い、栗色の髪を濡らす。 床についた両手の間、彼女の鼻の先に小さな黄色い水溜りができる。
すごい、と素直に私は思った。 おどおどするだけの29番と大違いだ。
『銀明盆水(アルジェンタカ・ジェット)』という作法がある。 これは膣が出産に適した上付きなことを示すため、逆立ちをして尿を飛ばす仕草だ。 一方で20番の『噴水おしっこ』は、敢えて膝をがに股にすることで、美しさの中にみっともなさが共存していて、総体としては無様な印象を醸している。
急に何かしろといわれて、私ならこんな仕草ができるだろうか。
いや、できない。 身体的にも無理だし、それ以前に、こんな行為が思いつけそうにない。 他の生徒たちも私と同じような思いを抱いたに違いなかった。 みんな呆気にとられて、それでいて20番の一挙手一投足から目が離せないでいた。
ショロロ……ピュッ、ピュッ。
一度尿が収まりかけたところで、20番は膀胱から最後の飛沫をしぼる。 数条の液が宙を舞う。
……ブルッ。
排尿後の身震いに続いて足を閉じると、20番はゆっくり床に足を下ろした。 そのまま直立姿勢に戻と、自分の尿にまみれたまま、
「は、恥ずかしいお目汚しをご覧いただき、ありがとうございましたっ」
20番は正面の教官に向かって、声を張る。
併せて私も教官に視線を向けた。
意外にも、表情は全く変わっていなかった。
『噴水おしっこ』という無様な行為に驚いてもよさそうなのに、だ。 教官には本当に感情がないのだろうか。 それとも、この行為くらいでは驚くに値しないのだろうか。
「貴方、何を考えているの。 教室中に小便をまきちらすなんて、だらしない」
「も、申し訳ありませんっ」
「あとでちゃんと、責任をもって清掃すること。 いいわね」
「ハイ! インチツの奥で理解します!」
「座りなさい」
「ハイ!」
ズブッ。 椅子に座るとはこういうことだ。 一息に、再び黒棒を膣に収める20番。
痛みに眦をよせつつ、先ほどよりも頬が緩んでいた。 何もできなかった29番が立ったままな状況において自分が座れたということは、他の生徒と同じ扱いに戻ったわけで、安堵で胸を撫で下ろしても不思議ではない。