〜 手淫 〜-1
〜 手淫 〜
カツ、カツ、カツ。
リノリウム製の床では、ヒールが小気味よく足音をたてる。
30番を補号教官に預けた私は、本来の持ち場であるB棟の教室へ戻るところだ。
カツ、カツ、カツ。
補習Bを担任の30番に課したことには、罪悪感は全くない。 何事も最初が肝心だ。
ほんの少しでも担任、つまり私の意に背いた場合は即刻連行される。 この恐怖が学園の生徒には必要だ。 緊張感なくして習熟はない。 甘い教官と思われてしまえば私にとって不幸だし、生徒たちにとっても同じくらい不幸なことだと思う。
30番は大丈夫だろうか。 プログラムBは達成率が比較的高いし、私としては、無事に補習を終えて戻ってきてくれることを願うだけだ。 一度でもプログラムを受講した生徒とそうでない生徒では、平均して学習進度が3レベル違う。 戻ってきた30番は、単なる見せしめの枠を超えて、教室の生徒たちに好ましい影響を与えてくれるだろう。
だがしかし。
もしも30番が永遠に戻ってこなかったら?
……愚問である。 その時はその時だ。
学園では上下関係が存在し、下は上に逆らえない。 担任と生徒の関係も例外ではなく、担任は生徒に対し、生殺与奪の権が与えられている。 とはいえ厳しい指導をすれば、それに見合う代償を私自身が払わねばならない。 初日に生徒1人を失うことになれば、指導レベルではなく、懲罰に該当する可能性が高い。 冷静に考えれば、もっと穏やかにするのも理屈に合う。
カツン。
歩みを止める。 思えば私自身、学園最初の年に2度の補習を受講した。 当時私たちを受け持った教官もこんな風に、私が戻ってくることを楽観していたのだろうか。 死が脚色なく迫ってくる中、必死で頭を使い、ただただ自分を貶めることで私は生還した。 一年前の私が穴の底で呪い、恨み、憎んだ教官と同じことを、今の私は事もなげに行おうとしている。 おそらくこれからずっと、呪われ、恨まれ、憎まれるのだろう。
人間なんてそんなものだ。 いわんや、学園での私たちは、教官を含め、全員が人権が消えた世界にいる。 人並みの幸せと称するものは少なくとも私には無縁だし、高嶺の花ですらなくなってしまった。
カツ、カツ、カツ、カツ。
廊下を曲がる。 【C−1】とプレートが貼られた私の教室。 中からは何の意味もない掛け声と、わずかながら嬌声がする。 部屋を後にして約30分。 どうやら牝たちは言いつけ通りに股間をまさぐっているらしい。
すぅー……はぁー……。
一度深呼吸してドアを開く。 冷たい廊下と打ってかわって、教室内はひといきれと肉の香りでいっぱいだった。 陰毛が刈り去られた全裸の股間をつきだし、がに股で膣を広げる34人の生徒。 入ってきた私を直視するような無礼はなかったが、全員の赤らめた頬が強張った様子が見て取れた。
「「クリクリ、スコスコ、クリスコスコ! クリクリ、スコスコ、クリスコスコ!」」
喘ぎながら呟く少女たちを尻目に、教壇へ向かう。
「「クリクリ、スコスコ、クリスコスコ! クリクリ、スコスコ、クリスコスコ!」」
教卓ごしに教室を見渡す。 私と目を合わせない、それでいて私の一挙手一投足に視線が注がれている感覚。 悪くない。 指示をするのは私。 ひたすら従うのが彼女たち。 さて、私は私の役割をこなそう。 胸をはって口を開く。
「静聴。 マスターベーションについて指示をだします」
「「クリクリ、スコス……」」
静まる教室。
クチュ、チュプ。 粘る液音がよく聴こえる。
「絶頂許可を与えます。 30秒以内に達すること」
我ながら甘い指示だ。 私が生徒だったころは、10秒で達しなければならないこともザラだったし、クリトリスをしごく回数に制限をつけられたこともあった。 例えば『20秒以内に3回しごいて絶頂しなさい』なんて具合だ。 それに比べれば、30秒で昂ぶればいいのだから、どうってことはない。
ところが、どうということはないハズなのに、生徒たちは一様にポカンと手を止めている。
私の意図が伝わっていないのか、それとも、指示が聞き取れなかったのかもしれない。 構わず腕時計の針を負う。
「10秒経過。 あと20秒」
「わ、わっ」「ひっ…!」
呟いたとたん、生徒の手の動きが激しくなった。 指でクリトリスを弾くもの。 片手に乳房、もう片手を尻に回して肛門の下をさするもの。 めいめいが自分なりの姿勢で、懸命に自分を慰める。
いざ絶頂しようと思えば、ただクリトリスを擦り続けるわけにはいかない。 人前で恥ずべき行為に身をやつしているとは思えないほど、積極的な自慰の風景がそこにはあった。