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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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5.つきやあらぬ-8

 紅美子は井上から目を逸らし、
「……だね。いまさらだけど。私もうやめたい」
「急にどうしたんだ?」
 井上はワイングラスを片手に、紅美子から引き返して斜向かいのソファに腰掛けると、悠々とした仕草で脚を組み、髭をトントンと叩いた。
「急にじゃないよ、別に」紅美子は何とか笑ってみせた。「最初っから、私、拒んでるじゃん」
「だけど、呼んで来なかった時はない」
 井上は紅美子を見ながらワイングラスを傾けた。「今日も来た」
「来たよ。終わりにしようと思って」
「じゃ、やっと今夜、僕は殺されるのか。……ひょっとしてそのバッグの中に包丁でも入ってる?」
「かわいそうだから殺すのだけは、他の女に譲ってあげる」
 紅美子は黙った。タバコを押し潰した灰皿から立つ残煙を見つめて、井上の次の言葉に身構えていた。
「そうか……」
 井上はパン、と音を鳴らして自分の太ももを叩く。「そういうことなら仕方がない」
「……。……やけに素直じゃん」
「まあね。僕を捨てないでくれって泣き叫んだほうがよかった?」
 井上の様子に、紅美子は顔を上げることができた。
「いい。……抱かせてきた男が、そんなカッコ悪いのイヤだから」
「カッコイイって思ってくれてて光栄だね」
「……最後にヤラせろ、とか超カッコ悪いこと言うの?」
「そりゃ言うさ。君を呼んだのはそのためだから」
「カッコ悪っ」
 まるで自分を決心させるように言って紅美子は立ち上がった。「いいよ、別に。ヤラせてあげる」
 片耳ずつピアスを取りながら、座ったままの井上を見下ろした。
「――最後だし、したいようにしてくれていいよ。いつもイジってくるお尻の穴もしたかったらどうぞ? キスマークも、付けたかったら好きなだけ付けてくれていい」
「いいのか?」
「別にいい。私、たぶんめちゃくちゃ感じるんだろうけど。アソコでも、きっとお尻でもね」
 手の中に握ったピアスをバッグの中に仕舞い、「……でもそんなの知らない。……私もう徹のことしか考えてない。エッチしてヨガりまくって、あんたに見つめられちゃったら何言うかわかんないけど、私、もう徹のことは絶対忘れない。今日あんたとのエッチが終っても、すぐに徹に抱かれたいって思えるんだ。……ヤル前からこんなこと言って、萎えさせたらごめんね」
「新手の嫉妬のさせ方か?」
「嫉妬したら? だって、徹のこと大好きだもん。自分でもびっくり。二十年一緒にいて、十年付き合って、でも今こんなに好きになることあんだね。嫉妬しちゃうでしょ?」
「する。徹くんは愛されてるな」
 左右の肘を互い違いに持つように腹の前で組み、開いた脚の片方に重心をかけて麗しく立った紅美子は、井上が姦虐の眼を向け始めても、体にはゾクゾクと疼きを走らせるも、恬淡として彼を見下ろしていた。狼狽えることはなかった。ラブホテルの中で感じた、徹を失ってしまうかと思ったあの瞬間の苦しみ。物心ついた時にはもう、徹は自分の一部だった。襲って来たのは単なる失恋の落胆ではない、自分の存在を見失いかねないほどの、寂寞とした無限の奈落へ肩を突き飛ばされるような恐怖だった。
 徹に知られれば叩き落とされる。自分に都合良く解釈を与え、呵責を紛らわせてまで触れずにいた不義の核心は、気がつけば想像以上に膨張し破裂すれば手が付けられないほどになっていた。何とかしなければならなかった。
「んで? 私、どうしたらいい?」
「じゃぁ、脱いでくれ」
「……珍しいじゃん。いつも自分で脱がせたがるクセに」
 紅美子はカーディガン風にあしらわれたトロンプルイユのワンピースのファスナーを下ろし、足元へ脱ぎ落とした。細身の肌は、光沢ある鈍色のバルコネットのブラとヒップハングショーツ、そして黒のサイハイストッキングに彩られて灯りを照り返した。腰に手を当てると、その位置の高さと脚の長さが強調される。肩に落ちていた髪を背中に振り払って、紅美子は井上を見下ろした。
「どう? 改めて見るとスゴいでしょ? 見てよこのスタイル。徹が抱いて磨いてくれてる」
「……ああ。可愛らしいワンピースの下に、そんなセクシーな下着付けてたなんてな」
「ギャップ?」紅美子は大袈裟に笑って、更に腰を反らしスタイルを強調して見せた。「……前にこうしてあげたら、徹が脱がしてくれた時にね、超喜んだの」
「……」
 井上が立ち上がった。こちらへ歩いてくる。紅美子はそれを目で追っていた。滑らかに括れたウエストに手が回されると、正面から密着するように抱き寄せられ唇が合わせられた。
 この男とキスをするのも最後だ。妙に客観的な気分で、紅美子は差し入れられてくる舌へ絡みつけて唇を吸い合った。薄目を開けてすぐ近くの井上の顔を見る。慣れていて、キスが上手かった。嬲る時も、そして優しく慈しむ時も体を溶かしてくるようだった今までのキスが思い出されてくる。しかし徹もキスが上手くなった。だからもう、このキスは必要ない。髭がチクチクとするだけ、徹のほうがずっといい。
「……何見てるんだ?」
「ん? ……興奮してんだろうなぁ、って思って。嫉妬しすぎて」


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