5.つきやあらぬ-19
「見ないよ」
「私に手出さないのに、一人で見てたら、マジでキレる」
「だから、見ないって」
「私が何を言っても、『いいよ』って言って」
「いいよ」
「……一緒にいて。あと何ヶ月ももた、……ない」
紅美子は言い切る前に涙声になった。徹に顔を向けられない。
「いいよ」
斜めに向けている背へ徹の手が伸びてくる。お腹に回ってきた手が指輪の光る指の上に添えられる。背中に徹の体温を感じても、悍ましさはなかった。
「紅美子……」
耳元で囁かれる。
「エッチしたくなっても、別にクミちゃんでもいいよ。徹の呼びやすいほうでいい」
「別にエッチしたいから言ってるわけじゃない」
徹が紅美子の髪に顔を埋めてくる。「自然に言った」
「……徹」
「ん?」
「許して」
「え、何が?」
紅美子は瞼を強く閉じた。瞼を閉じると見える光の中に、遠ざかるテールランプが光っている。紅美子は唾液を呑み込んでから、「……私、言ってることがメチャクチャでしょ?」
「慣れてるよ」
耳元で徹が笑うと、紅美子も泣きながら笑った。
「でも、徹にしかムチャ言ってこなかった。だから許して。全部」
「いいよ」
夜空の凶々しい月に雲が垂れこみ隠していくように、紅美子の虚ろが埋まっていく。
「……クミちゃん」
逆に徹の手が、紅美子の左手を強く握りしめてきた。何かを決心したように震えている。「実は……、その、実は俺……」
「……あっ!」
「えっ?」
徹が何か言い出す前に、紅美子は大声を上げた。
「メイド服と、オモチャ……!」紅美子は唇が震える表情を徹に見られないようにして、冗談めかした声を努めて上げた。「ママに荷造り頼んだら、見つかっちゃう!」
「そ、それは困るよ!」
徹が声を上げると、紅美子は笑って、
「ま……、いいじゃん。ママなら微笑ましく思ってくれるよ」
「……次会う時、顔見れないよ……」
紅美子はソファの上で身を翻して徹に抱きついた。
「送ってもらわなきゃ、また徹の前でメイドさんになれない」
「なりたいの……?」
「なりたいよ、ご主人さま」
「……俺も、なってほしいな」
「否定してたくせに、遂にメイドさん好きの本性が出たね、ご主人さま」
「いや、そういうわけじゃ……」
「いいよ」紅美子は鼓動を高鳴らせ、徹の胸に顔を押しあてた。「私も、許してあげる――。全部」
徹の匂いを胸の中いっぱいに吸い込むと、虚ろは全て埋まった。
「徹」
「ん?」
「お仕事中、申し訳ないんですが……」
「いいよ」
徹が覆い被さってくる。唇を吸われ、首筋を舐め上げられる。天井が円く歪んで垂れ落ちてくる。脇腹を摩すられて、脚をなぞられる。床もせり上がって抱き合う二人を上下から包み込んでくる。擦り合う体が融け落ちて、中有に彷徨うように意識が揺れる。
「ね、お願い……」
「どうしたの?」
「今日は、つけないで」
「クミちゃん……」
瞳を開けると、徹の顔がすぐ前にあった。唇を吸う。
「言い方まちがえた。……今日から、つけないで」
紅美子は一度息をついてから言った。「徹が欲しい」
「ねぇママ、背中」
紅美子は隣に座る母親に背を向けて、「赤くなったりしてない? 変なブツブツとか」
「んー? いまさら何言ってんのもぉ……」母親は首を伸ばして紅美子の背中を見回し、「……キレイなもんよ。よかったね」
と言って、バチンと音がするほど手のひらで叩いた。