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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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5.つきやあらぬ-18

 その姿勢のまま手のひらを紅美子の方に差し出してくる。紅美子はバッグの内ポケットのファスナーを開け、神楽坂のマンションのキーを渡した。
「選ぶ?」
「交換する前に、その相手を選ぶだろ?」井上はキーを内ポケットへ仕舞うと、「選ぶには相手が複数いないといけない。選択肢ってやつだ。……その中から交換したいって奴を選ぶんだ。近親相姦はその選択肢が絶対的に無い。君も徹くんも選んじゃいなかったし、選ばれてもいなかった」
 井上は運転席側に付いたコントローラパネルで紅美子の側のドアロックを外した。
「……複数ある中から選ぶ。だから結婚は尊いんだ。徹くんは君を選んでくれる。君も全てを許せさえすれば、……徹くんを選ぶ。僕は選ばれなかった」
 井上は眉間から指を離して、「行けよ。……これで終わりだ」
「ドラマとか映画なら、ここでブチューってする場面だよね?」
「やめてくれ。これから一人で運転して東京まで帰るんだぞ? ミジメでしかたなくなる」
 笑う井上を残してドアを開けて道路に降り立った。閉める前に身をかがめて中を覗きこむ。
「……そういえば、あんたに好きって言われたことない」
「そうだったか?」
 井上はカーナビの行き先を東京へ設定していた。紅美子の方には目を向けなかった。
「欲しいとか、僕好みだとか、君はエロいとか……、そんなのしか聞いたことない」
「それは言ったも同然だろ?」
「じゃ、好きだったんだ。……やるね、私。浮気オヤジを本気にさせちゃった」
 紅美子はドアを閉めた。路側へ回って暗闇の中に仄見える運転席の井上へ、
「私も、あんたに会ってると、ヤバいとき何回もあった」
 紅美子が言ったが、井上は車の中で耳に手を当ててから首を振り、聞こえない、というジェスチャーをした。紅美子は微笑んで手を振った。ハザードが消えて、アウディが走りだす。つづら折りに続く尾根沿いの道をテールランプが左右に動きながら小さくなり、やがて見えなくなった。
 紅美子は踵を返してアパートの鉄階段を昇り始めた。携帯を取り出す。井上の連絡先を削除し、廊下を歩きながら電話をかける。
「もしもし」
「徹、開けて」
「え?」
 紅美子はドアをドンドン、と強く叩いた。携帯からもその音が聞こえてくる。「えっ? えっ?」という声とバタバタと慌てる足音がした。
「なに隠してんのー? 今」
 紅美子が言うとドアが開いた。徹が驚愕の表情で見つめている。紅美子は徹の体をぐいぐいと押して中に入るとドアを閉めた。
「びっくり……、した。どうやって来たの? なんで?」
「強制捜査です」
 と言って紅美子はパンプスを脱ぐと徹を置いて中に入っていった。机のパソコンと書類の様子からして、仕事をしていたのだろう。
「……この一瞬で、エロビデオ隠せるもんなんだ」
 きょろきょろと目線を巡らせたり、身を屈めてみせたり、隠し場所を探す動作をすると、
「そんなの別に見てないよ」
 徹が玄関先に捨て置かれた紅美子のバッグを拾い上げて中に入ってきた。
「ふーん」
「どうしたの?」
 紅美子はコートを背凭れに掛け置き、カウチソファに腕と脚を組んで座ったが、徹は怪訝な表情で、部屋に入った所でつくねんと立ったままだた。
「……婚約者の部屋に来ちゃいけない?」
「いけなくはないよ」
「座って」
 紅美子はカウチソファの隣を叩いた。徹は若干怯えながら、バッグをテーブルに置くと隣に座ってきた。紅美子は徹を見つめた。恋人の瞳を、徹は心の中を読もうと必死に見つめ返してきた。こうやって生身の肉体を見ると、どうしても映像の中のあの徹を思い出してしまう。その手で他の女を触っていた。その体を他の女と絡ませていた。
「決めたんだ」
「決めたって……、何を?」
「今日から私、ここに住む」
「えっ」徹は眉を寄せて、「仕事は?」
「明日電話かけて辞める。ママのお店の常連さんだもん。気のいいおっちゃんだから、許してくれる。着替えとかも明日ママに送ってもらう。徹の家に住む、って言ったら、ママ、きっと大急ぎで荷造りしてくれるよ」
「そうだろうけど……」
「けど、何? 何かマズいことでもあんの? ……安心して、明日徹が仕事行っている間に、エロ本もエロDVDもぜーんぶ捨ててあげる。パソコンも全ファイル検索して、気に入らない画像とか動画とかあったら削除してあげるから」
「いや、無いよ。そんなの」
「……じゃ、別にいいじゃん?」
 徹とは違う方向を向いて腕組みをした。その様子に徹が、ふっと笑って、
「ワガママだなぁ……、もう」
 と呟いた。
「何でも、『いいよ』って言ってくれるんでしょ?」
「うん」
「……捨てるっていうのはウソ。エロい動画とか、別に見てもいいよ、もう。ただし、絶対に私にバレない所で見てください」


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