4.月は自ら光らない-6
小声で井上に言った時、電話から小さく、もしもし、と聞こえてきた。井上の指が止まる。
「もしもし……」
「どうしたの? 今日、飲み会とか言ってなかったっけ?」
「うん……、ちょっと酔っ払って……もう帰ってきた」
「そっか。無理して飲んだらダメだよ。息荒いよ? 大丈夫? 気持ち悪い?」
「ううん、大丈夫……」
息の荒さを指摘されて、突き刺さるような痛みが胸を貫いた。井上を見上げる。あの眼をしている。「あ、あのね、徹……」
「ん?」
「……も、もう寝るところだった?」
「うん、ベッドで本読んでた」
「うん……」
井上が目を細めて、眼光の鋭さを増すと、指が止まって焦れている蜜壺の奥がせり上がるように蠢く。「……えっと」
「どうしたの?」
「徹……、今日。もう……、した?」
「え?」
「だからっ……。じ、自分で」
「……あ、え……、し、してないよ。ま、まだ……」
強い鼻息が漏れた。徹の電話口に風音として聞こえてるだろう。
「まだってことは、……これからするの?」
「ど、どうしたの、クミちゃん。酔っ払ってる?」
「うん、酔ってる……」脈拍が上がって昏倒してしまいそうだった。「よ、酔って、ヤラしくなってる……」
「……」
「徹のこと、思い出して、だからだよ?」
自分の言葉に、叫び出したいほどの哀しみに全身を捻じられ、苦悶が薄れると肉体には甘美な痺れだけが残った。「徹が、する時の声、……聞きたくて」
「ク、クミちゃん……」
「お願い、聞かせて」
涙が出てきて鼻をすすった。泣いているのが徹にも聞こえた筈だ。「……急に電話してきて、こんなこと言って……。ひ、引いちゃう?」
「ううん、そんなことない」
「……して」
うん、と聞こえた後、暫く静寂があった。やがて電話口から震えた風音が聞こえてきた。んっ、と時折小さな声が聞こえる。
「徹……、してる?」
「うん……、んっくっ!」
徹が急に強い呻き声を上げる。
「……どうしたの?」
「だって、ク、クミちゃんの声聞いたから……」
徹の息遣いが断続的になる。その間隔で男茎を握って動かしているんだと思うと、紅美子はたまらなくなって携帯を持っていない手を下腹部に沿わせていた。ヘアを押し分けるように指を進め、柔門の狭間で敏感になって息づいているクリトリスをなぞると、甘い声が漏れてしまう。
「徹、わ、私もしていい、よね……? 声、聞こえてる……?」
「うん、聞こえる……」
すると紅美子の指の動きに合わせて井上の指がゆっくりと出し入れを始めた。ずっと止まってた指が動き始めて、紅美子の内部を開き、内壁を擦ってくると、更に舌足らずな声を電話に聞かせてしまう。
徹が何度も自分を呼ぶ喘ぎ声。そして現実の紅美子に触れられない遣る瀬なさや、伝えても伝えきれない恋慕の言葉が電話口から次々と聞こえてくる。目を閉じて聞いていると自分すぐ傍で徹に愛されている気分になって、勢いクリトリスを慰める指も大胆になっていった。
「んっ……、と、徹、気持ちいい? んぁっ……」
「き、気持ちいいよ、クミちゃんっ……」
「うっ……、あっ……、徹……、も、もっと、聞かせてっ……」
井上の指がゆっくりとスライドするその直上で、紅美子は手首を使ってクリトリスを激しく弾いていた。
「ああっ、クミちゃんっ……、気持ちいいっ……、で、出そう……」
「いいよ。私の声、聞きながら……」
井上に強く抱きすくめられ、胸に額が圧し当たる。ムスクの香り。電話の向こうの徹は遠く離れて傍にはいない。額に感じる肌の感触は、間違いなく他者のものだ。しかしその体に包まれながら懸命に徹の温もりを想像して、紅美子はクリトリスを弾く度に漏れる喘ぎを電話に聞かせると、徹の息遣いが走っているように立て続けになった。
「徹、私も……、イク……」
「クミちゃんっ、んんっ……、あうっ、クミちゃんも気持ちよくなって欲しいっ!」