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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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4.月は自ら光らない-5

 まったくだ、と言う井上を眺めながら、紅美子はテーブルに肘をつき、こめかみの辺りの髪を指で弄りながら、
「なんで別れたの?」
 と目を見ずに問うた。「浮気?」
「浮気が原因で別れるような女じゃなかったな、彼女は」
「浮気が問題にならないなんて、わけわかんない夫婦だね」
「彼女は結婚がしたかっただけさ。自分のキャリアアップのためにね。家庭も仕事も両立する強い女性をアピールする必要があったんだろ」
 意図的にふきだしてみせる。
「ウケる。……あんた利用されたんだ?」
「そう。でも、僕も彼女を利用した。お互い様だ。……君の言うとおり、ややこしい結婚だったんだ」
 紅美子はまた暫く黙って、井上に目を向けるフリをして、その背後で談笑を続ける女を見た。井上を熟知しているような態度で、井上好みの子、などと言われたのが思い出され、揶揄された怒りがまた高まってきた。
「……今日、ドレス試着してきた」
「なんだ、急に」
「結婚の話題から膨らましてるだけだよ」
「徹くん、帰ってきてないだろ?」
「光本さんと行ったの。っていうか、光本さんが全部決めてくれてる。あの子、そういう仕事の方が向いてるんじゃないのかなぁ」
「普通は新郎と一緒に行くもんだ」
 井上が笑いながら言ったので、紅美子は、よく考えたら井上は経験者だった、しかも三回も、と思い出した。
「あんたもそうだった?」
「一回目と三回目はな。結婚準備で色々二人で回るのも楽しいもんだ。僕にとっては再婚でも、今の女房は初婚だったから、経験させてやらなきゃ可哀想だろ? 何もしなかったし、したがらなかったのは……」
 井上は後ろを振り返るような仕草をして、「彼女だけだ」
「そ。……でも徹連れてったら終わんなかったよ、きっと。私のドレス姿見たら気絶する」
 またさっきの女のことを思い出して、聞かなきゃよかった、と思いながら紅美子は言った。
「そんな過激なドレス着るのか?」
「そうね。光本さんも倒れそうだったもん。……私の美しさはカゲキだ」
 試着室から出た紅美子を見て、本当に紗友美は見とれていた。しかし胸がキツい、コルセット無しで大丈夫かも、などと言う紅美子に怒りを沸かせて、本番までにぶくぶくに太っちゃえばいいのに、と自分で色々選んでいるくせに文句を言っていた。そんな紗友美を思い出して漸く怒りと憂鬱が収まって心が和んでくる。「徹には当日まで見せないつもり。そのほうが感動するじゃん」
「あの可愛らしい子の演出?」
 井上がワイングラスを開けると、店員が次のワインを伺ってきたが、もういい、と言った。
「私の演出。その方が徹はきっと幸せ。喜ばせてあげたい」
 紅美子は両肘をつき、手に顎を乗せて井上を見た。「嫉妬しちゃう?」
「するね」井上は手を上げてテーブルチェックを求めた。「今日は泊まる?」
「帰る。……あんた最近、変なことさせてくるからやだ」
「変なこと? 何が?」
 徹は自分を思いながら自慰をしている。私じゃなきゃ絶対しない。前回会ったとき、井上の嫉妬心を煽るために軽く言ってしまった。紅美子は井上と通じてからだんだんと、彼が徹に嫉妬すればするほど、紅美子に咎の快楽をより深く与えてくると理解した。そして埋め込まれた咎が深いほど、徹の前で発散されるときに強い悦美がもたらされる。抗えなかった。井上が平静の中に滲ませる、紅美子だけが分かる嫉妬を見抜いた時の期待は麻薬のような逃れがたさがあった。
「徹くんに電話してくれ」
 神楽坂のマンションで、ベッドに横臥して腕の中に抱かれながらふんだんに愛撫され、幾度の絶頂をもたらされたあと、ベッドサイドに置かれていたバッグから勝手に取り出された携帯を渡された。
「何言ってんの? さすがに徹、気づくよ」
 まどろみそうになっていた紅美子が身を起こして井上を見上げると、
「大丈夫、僕の存在は気づかせない」
 体を起こしても下肢を痺れさせている絶頂の余韻を入口周囲に揉みほぐしにきた井上の指が再び内部に埋められてきた。唇を閉じたまま高い声を漏らし、紅美子は仰け反って、ゆっくりと体をシーツの上に降ろしていく。もう一度見上げて首を振った。井上は紅美子の肩を抱いて引き寄せながら、
「……電話の向こうで徹くんにしてもらってくれ。君でしかしないんだろ?」
 耳元に低い声が響くと、紅美子は強く首を振って拒絶の言葉を発しながらも、反らした背中にゾクゾクと背徳の悪寒が走って井上の指を締め付けた。
「ムリ……、ぜったいムリ……」
「いや、できるさ。君も徹くんの声を聞きながら、気持よくなりたいんじゃないのか?」
 催眠のような声は想像をかきたてた。「……君がしないなら、僕が電話する。君の両腕を縛ってね」
「やめてっ……」
「ほら早く」
 上壁を絶妙な強さで擦られて、紅美子は鼓動が暴発しそうになりながら、携帯のお気に入りに入った徹の番号を押してしまっていた。画面が呼び出しのアイコンに切り替わり、コール音が聞こえてくる。
「指っ……、動かさないで」


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