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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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2.湿りの海-1

2.湿りの海


『ゴメンナサイ。完全に寝過ごしました! 昼から行けたら行きます』
 紗友美から届いたメールに紅美子は溜息をついた。紗友美の「行けたら行きます」は大抵来ない。
 家に帰ると、嫁入り直前の娘がただでさえ婚約者と離れて暮らしているのに夜歩きするなと母親に小言を言われた。紅美子の厄難を知る由もない母親に言われると、思わず喧嘩をしそうになってしまったが、今日はもうこれ以上の力を使う気にはなれず、紅美子から素直に一歩引いて母親を驚かせ、脱衣所に入った。娘の泣き痕に何故気づかない? 下ろした髪を掻き上げると、鏡に映ったこめかみ辺りは涙に凝っていた。衣服を脱ぎ捨てる。再び紅美子は洗面所の鏡を覗き込み全身を眺め見た。昨日からどこか何かが歪になっていないか。だがたとえ第三者に「否」と言われても安心できるようなものではなかった。あまり自分の肉体を見ていると、徹のことを思い出しそうになる。彼のことを思い出してしまうと、強まる沈鬱に圧し潰されそうになるから、紅美子はそれ以上自分の体を鏡に見せるのはやめて長いシャワーを浴びた。
 目を瞑っただけ、と言えるほどの睡眠時間だった。朝になって鏡をもう一度覗きこんでも、昨日の一件が全く夢ではなかったと思い知らされるだけだった。会社は休んでしまいたい、そう思っていつも家を出る時間になっても、もう一度入った布団の中にいたところへメールが来たのだった。紗友美は来ない。紅美子は今時期に回ってくる伝票の束を想像した。どうせ派遣社員なのだから責任を感じて無理することもないと思いつつも、このまま家に居ると色々と考えてしまいそうで、いっそ仕事に没頭したほうがいいと思われた。会社へ電話をかけて少し遅れる旨を伝えたあと、ゆっくりとメイクをしながら、
『わかった。早田の連絡先、きいてたら教えてもらえる?』
 と紗友美に返信を返す。程なくして紗友美から電話番号が届いた。準備をして家を出ると、いつもの通勤ルートを歩き始めながら電話をかけた。
「はい――」
「私。……長谷だけど」
 見知らぬ電話番号だったからだろう、早田にしては意外と思えるほどの無愛想な声だったが、紅美子が名乗ると、
「……おお、誰かと思ったぜ。番号、言ってたっけ?」
 と口調を切り替えた。早田の背後からは街の喧騒が聞こえてくる。
「光本さんにあんたの連絡先聞いたの。ちょっと用があって」
「ちょうどよかったな。これから商談で携帯出れなくなるとこだった。何?」
「仕事中悪いんだけど……、井上さんいる?」
「……」早田は少し間を置いた。「……いや、今日は別行動なんだ」
「そう。連絡先教えてもらえる?」
 紅美子が赤信号で止まると、六号線を多くの車が行き交い始める。ダンプが通るとうるさくて電話の声が聞き取りづらくなったが、聞こえていないわけではなかった。早田がずっと何も言わないのだ。「もしもし?」
「……あ、いや悪い。マネージャに何の用?」
 昨日のレイプを糾弾する、そう言ってやろうかという妄覚が起こりそうになって押しとどめた。
「昨日のお金。払わなきゃと思って」
「……なんだよ、そんなのいいって」
 電話口の向こうから少し笑いが混じった声が聞こえてくる。
「『いい』なんて、あんたが決めることじゃないでしょ?」
「受け取らないよ。あの人は」
「それでも教えて。何にもなしにこのまま、ごちそうさまでした、っていうんじゃ気が済まないから」
「……」
 早田は訪問先のビルの前にいた。アポイントメントまであと十分しかない。五分前に顔を出すのが礼儀だ。時間はあまりなかった。
(……長谷。やめとけ)
 そう思いながらも、すぐに自嘲めいた笑いを一人で浮かべた。その原因を作ったのは俺自身じゃないか。今更止めにかかっていい人ぶろうって?
「……ショートメールで送っておくよ」
「ありがと。じゃ……」
「おい」
「なに?」
 紅美子は青信号を渡り始めた。
「その……、悪かったな。昨日は途中で消えちゃって」
「まったくだよ」
 努めて紅美子は笑ってみせた。「あんたがヤルためにプライバシー無視された私の身にもなってよ」
「ああ、感謝するよ」
 早田も努めて笑み声を発していた。
「言っとくけど。ヤリ捨ては、ナシだからね? 光本さんが本気なら、だけど」
「本気じゃなさそうだけどな」
「そんなの分かんじゃないの? あんたならきっと」
「てか、久々に会ったのに厳しいな。女帝サマは」


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