2.湿りの海-5
そう言っても井上は紅美子の入口の周囲を撫で上げ続けていた。紅美子の意志を離れてしまったかのように、その親指の腹に向かって新たな雫が漏れ出てしまう。
「指輪……、返して」
堪えた涙眼で井上を見下ろした。「もう、来ないで」
「要求は二ついっぺんにするもんじゃない」
と言うと、井上は立たせたまま入口を左右に開き、扉を開いた花唇の間にもう一方の手の中指を真下から差し入れてきた。
「あうっ……、いやっ……、やめて」
昨日初めて触られた内部に再び他者の侵入を許して、紅美子の内ももが指の動きに合わせて痙攣する。
「今日も会おう」
指をゆっくりと出し挿れしながら井上が言う。紅美子は髪を揺すって大きく左右に首を振った。
「……指輪は今は持ってない。返して欲しいんだろ?」
「そんなっ……」
女子トイレでここまで玩物とされたのに。井上の顔が魔物のように見えてくる。緩々と動く指がネチッ、ネチッと下腹部に小さな音を立てていた。
「取りに来たらいい」
「……また、犯すつもり……でしょ」
「もちろん」
井上は不意に奥まで指を入れて、紅美子の天井へグイッ指先を突き立てた。
「んーっ……!!」
本当に大声を出しそうになって紅美子は手の甲を唇に強く押し当てた。井上がGスポットを指先で圧迫してくる度に哀泣を漏らしながら、指に導かれるままに蜜汁を垂れこぼしてしまう。
「君は濡らし方がスゴいな。……抱きたくてたまらなくなる」
「いや……。もうやめて……」
瞳を閉じて口篭るような声で訴える紅美子を見上げ、
「今日、会社が終ったら昨日のホテルに来るんだ」
井上が低い声で念を押してきた。
「いや……」
「今日僕の相手をしたら、指輪を返してやるって言ってるんだ」
「……」
これ以上薄汚い女に堕とされたくない。紅美子はそう思いながらも、体内を抉ってくる指に信じられない程の期待感と渇望が巻き起こっているのを認めざるを得なかった。こんな自分が今日も会いに行ったらどうなってしまうか分からない、その恐怖が犯される恐怖を上回ってくる。
「それとも、ここでイカせてやろうか?」
狡獪な指が速度を早めてくる。
「……あ、だめっ」
紅美子は今度は両手で口を抑えた。手の甲などでは抑えきれない声が漏れる。井上は指の角度を変えてわざと紅美子の下腹部に水が撥ねるような音を大きく立ててくる。
「ほら、何だ、このシマリは」
紅美子の襞面は井上の指を引きこむように強く締まって蠢く。昨日生まれて初めて味わされた絶頂の予兆が巻き起こり、爆発に向かって力を溜めこむように渦巻いた。
(やめてっ)
こんなところで。女子トイレの個室にいる、という事実は紅美子の頭から離れなかった。淫らなことをする場所ではない。すぐ傍では同僚たちが仕事をしている。こんなところで、絶頂を迎えては、井上の言うとおりの女になってしまう――。
「今日、ホテルに来い。僕とヤリにね」
井上の言葉が聞こえてくる。「いいね?」
絶頂を求める狂気と、この状況を憂う悟性との狭間で混乱した紅美子は、無意識のうちに髪を揺すって頷いていた。とにかく体が疼き、恥辱が襲う今の状況から解放されたかった。
「ちゃんと言うんだ。くるね?」
紅美子の秘園はもう絶頂への切望で限界だった。
「行く……」
小さいがハッキリと口にしてしまった言葉に、自分が滲み汚れたように思えた。「行くから……」
もう止めて、と言うのだと思っていた。だが心のどこかに、邪淫に負けて「最後までして」、と言ってしまいたい兆を感じて慄然となったところへ、突如指が引きぬかれた。ギリギリまで高められた内部に、去ってしまった指を請い惜しむ失望感が溢れてくる。
「続きは夜だ」
井上はトイレットペーパーを絡めとり、紅美子の目の前で指、そして手首まで塗れた蜜を拭って、全く未練なく個室を出て行った。紅美子は壁に凭れ、井上に戯撫されていた時の姿のまま、むき出しになった下腹部を震わせて立ち尽くした。
重厚なホテルのドアにはフロントで聞いた通りの部屋番号のプレートが光っていた。指輪を返してもらいに来ただけだ。そう言い聞かせて紅美子はプレートを見ながらずっと立ち尽くしていた。この部屋に入ってはいけない。理性がそう警鐘を鳴らしていた。分かっている。だが、あの指輪を左手に嵌めないで恋人に会うことはできない。「魔除け」の指輪は効き目が無かった。しかし……だからこそ、これからの自分にはあの指輪が必要なのだ。