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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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1.違う空を見ている-6

「そりゃ、長谷さんは? カレシにいっぱい可愛がってもらってパワー充填して帰ってきてますけど? 私は一人でDVD三本も見てた悲しい女なんです……。だから私の三倍は働いてもらわなきゃ困ります」
 紗友美はいかにも女の子らしい、男受けする可愛い顔立ちをしている。大学を卒業して就いた生保レディを一ヶ月で辞めて、紅美子と同じ派遣会社からやってきていた。飲みに行くと、いつも自分は男と長続きしない、と愚痴を言う。ルックスも紅美子と好対照だったが、紅美子が十年も徹と付き合っている点を比べても真逆だった。
「わけわかんないこと言ってないで。……オッサン社員じゃなく、光本さんにセクハラされるなんて思ってもみなかったわ。ほら、やるよ」
 口を尖らせる紗友美を苦笑してキーボード入力を再開しようとすると、いきなりドアが開いた。顔を出したのは髪が薄くなって銀縁メガネをしている矮男、社長だった。いつもは作業着姿なのに、今日はサイズが合っていないので大きく弛んで見せる、しかもデザインも何十年前のものかわからない股上の深いスーツ姿だった。
「あー、長谷さん。応接室にお茶三つ……、あ、いや、コーヒーだ。コーヒー三つ、出前して応接室に持ってきてくれ。すぐにだよっ。そうだ、先週の金曜に納品業者から貰ったお菓子あるだろ? それも忘れず付けてくれ。急いでなっ」
 社長はまくしたてて二千円を机に投げ置くとドアを閉めた。ただでさえ紗友美の生産性の悪さから定時内に終わらない可能性がかなり出てきたのに、余計な時間を使わされるかと思うと舌打ちが出そうだった。
「ケチの社長がコーヒー出前とかって珍しいですねぇ。……あーあ、あのお菓子、休憩時間に食べようと思ってたのになー」
「なんで私なのよ、もぉっ」
「そりゃ、長谷さんのほうが見栄えするからですよ。チビで貧乳の私に比べて、制服の似合いっぷり、セクシーさが違います」
「また、セクハラか。じゃ、電話して、喫茶店。私、お菓子の用意するから」
「えーっ。私、言われてないです」
「ちょっとぉ……、それぐらい手伝ってよ」
「……はーい」
 給湯室で小皿に載せた茶菓子を用意していると、すぐ近くにある喫茶店から出前が来た。お盆に乗せて仏頂面で廊下を歩き、応接室をノックをする。
「失礼します」
 眉間のシワを戻し、ドアの向こうに聞こえないように小さく咳払いをしてから、なるべく高い声を出すように心がけてドアを開けた。普通に話すと蓮っ葉に聞こえかねない声だということは自分でも分かっている。それが容姿と相俟うと不機嫌、威圧的に捉えられかねない。仏頂面などもってのほかだ。
 応接室には社長と、洗練されたスーツ姿の男が向かい合って机に資料を広げ始めていた。商談はまだ始まっていないようだ。男の隣は空席だったが、ソファに立てかけてビジネスバッグが置かれている所を見ると席を外しているのだろう。紗友美だったらこの順番すらわかんないだろうな、と思いながら、まず、スーツ姿の男の邪魔にならない位置にコーヒーを置いた。
「ありがとう」
 目を合わせず会釈だけして、空席にもコーヒーを置きつつ男の声を聞いていた。低く響くような、紗友美がよく言う「イイ声」をしている。社長の側に回ってコーヒーを置くついでに男を一瞥した。中年だろうが、その言葉が失礼なくらいに身揃えが良い。口元に蓄えた髭が不快感を与えず、むしろ年齢を重ねた渋みを効かせていた。ほらね、光本さんが来たほうがイイ男が見れたのに。だが、紗友美のことだから無礼なほどにこの中年男をガン見しかねないな、もしやそこまで社長が読んだのか、と考えていると、男が視線を感じたのか顔を上げて目が合ってしまった。
「……いや、キレイな人だ。……尾形さんのところにはこんな美人な社員がいて羨ましいですね。当社は何しろ女性自体が少なくて。事業としても、組織としても、女性を増やさなきゃいけない、時代と逆行している、と上には言ってるんですけどね」
 直ぐ様そう言ってくるのを、なんかデキそうな感じでソツがなくて腹立つ、と茶菓子を置いて背筋を伸ばして立ち上がると、もう一度高い声を意識しながら、ありがとうございます、と言った。そしてすぐに、派遣ですけどね、とコレは声を出さず社長の禿頭を見下ろす。
「まあ、へへ……、確かにウチは女子社員は多いですなぁ。しかしバドゥルさんに比べたら優秀な社員がなかなか……。ましてや井上さんのようなスーパービジネスマンなんかおりませんよ――」
 退室する背中で、スーパービジネスマンてダサすぎだろ、と社長の言葉を聞いていた。しかしそんな大企業と取引しようとしてんだ、と思いながら、失礼しました、と一礼してドアを閉める。様々な伝票、特に受注伝票を扱っていると、企業の名前には詳しくなる。バドゥル・インターナショナルは世界的なエレクトロニクス企業で、紅美子の働く尾形精機が直接受注することはまずない。だが、何社か間を挟んでの取引だろう、注文覚書には最上位の発注元として社名を見かけたことがあった。さすが身装も受け答えも大企業の社員だ、ってことか、とドアから廊下へ身を向けた。


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