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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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1.違う空を見ている-7

 廊下から誰かが来ていたとは気づいてなかった。
「――おっと、失礼っ」
 ギリギリで身を躱して肩だけ少しぶつかった男も、スタイリッシュなスーツを着ていた。こっちは若いな、あの空席はこの男か。頭を下げ、
「大変失礼いたしました」
 ゆっくり顔を上げて男の顔を見た。自分と同じ歳くらい、こちらは肉食系でも意識しているのか、褐色に日焼けして短く刈り込んだ髪を色づけていた。仕事中は外しているのかピアスホールが耳に見える。もう一度会釈をして立ち去ろうとすると、
「はせ?」
 と呼びかけられた。胸元を見る。首から提げている名札は裏返っていて名前は見えていない。何でわかったんだろう、と振り返ると、さっきはぶつかって神妙だった男の顔が綻んでいる。やたら白い歯が目についた。
「俺だよ、俺」
「……?」
「早田。はー、やー、た。向島南中のさ」
「あ」
 色黒でわからなかった。中学時代の座席は出席番号順で、紅美子の学校の出席番号は同じクラスになった生徒の苗字カナ順だったから、早田は中二、中三と紅美子の後ろの座席だった。中学時代から社交的で、バスケット部のキャプテン。頭もいい。紅美子は全く興味がなかったが、前後の座席でよく話している紅美子は何通ものラブレターを取り次いでやった。そして、三通のうち二通には必ずアプローチしていたのを憶えている。
「いやぁ、マジ久しぶり。高校んときバッタリ会って以来?」
「そうね……。……あ、そうですね」
 旧知とはいえ、今は来客としてやって来ている人間だ。一応仁義は通して丁寧語を使うと、早田は声を出して笑って、
「どうしたんだよ、長谷ともあろうもんが。そんなOLっぽくなっちゃってさぁ」
 と気さく過ぎるほどに言った。不思議と馴れ馴れしく感じないのは中学の時から変わっていない。
「OLっぽく、ってなんだよ。OLだよ」派遣だけどまあいいや、と思いながら言って、「……久しぶりはいいんだけど、戻んなくていいの?」
 楚々とした直立を崩し、お盆を脇に挟むと腕組みをして応接室のドアを顎で示した。
「おー、それそれ、それでこそ長谷」
 笑いながら早田が、「わりぃ、商談中だから後で。どこらへんにいんの?」
 紅美子の背後に続く廊下の事務フロアの方を、首を伸ばして見て言う。
「来んの?」
「冷てえな。久しぶりに会ったんだから、ちょっとくらい相手してくれよ」
「……」
 暫く冷ややかに早田を見ていたが、全く堪えない様子に溜息をついて、「そこのドアの向こうにいるよ」
「了解っ。じゃっ」
 と言って、早田は応接のドアを開けて入っていった。「……申し訳ありません。遅くなりました」という声を聞き、お前こそサラリーマンぽくなってるじゃん、と毒づきながら紅美子は踵を返して廊下を戻っていった。
「誰ですか! あのイケメンは」
 自席のある部屋のドアを開けると、すぐに紗友美が食いついてきた。立っているところを見ると、こっそり覗いていたようだ。
「誰って、中学ん時の同級生」
「ほぉ……、ということは長谷さんと同じ歳ということか……。なかなかの上物ですね」
「……あのー、光本さん」
 立つと紅美子の肩くらいまでしかない紗友美を見下ろして、「そこに立っていたってことは、伝票全然進んでないってこと?」
「気分転換です。イケメンを見ると、その後の仕事が捗ると思います」
「……。わかった。とにかくわかったから、オシゴト、頑張ろう。充分見たでしょ? 早田のこと」
「早田さんっていうんですね。下の名前は?」
 眩暈がしそうになって長い長い溜息をついたあと、そうだ、と思いついた。
「商談が終ったら、ここに寄るって言ってたから、それまでに伝票、頑張って処理しよ? ね? 直接本人から聞けばいいよね?」
「えーっ、ほんとですか!」
「……ノルマ達成しなかったら、早田を追い返すからねっ!」
 と、紅美子は紗友美をけしかけて自席に着いた。
(早田、バドゥル・インターナショナルなんて会社に入ったんだ)
 伝票をシステムに入力しながら紅美子は中学時代を思い出していた。確かに早田は頭が良かった。学年でいつも二番。一番は徹だった。早田も徹と同じ超進学校に行った筈だ。地域で二人もその高校に進んだことは、当時近所の話題になったものだ。高校での早田は、徹づてにしか聞いていなかったが、中学の時と同様、人気者でよくモテたらしい。しかし大学以降は徹とも疎遠になったらしく、話題に上ることはなくなった。中学の時の印象に照らすと、勉強は徹のほうができたが、世界企業に就職するということは、人間力は早田の方が上だったということか。
(徹は人付き合いとかあんまりだしなぁ。サラリーマンには向いていないのかも)
 それを分かっていて研究職に就いたのかもしれない、と思いながら席を立った。


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