1.違う空を見ている-28
何の和みも感じられない井上の指の感触に、遂に紅美子は徹の名前を呼んだ。こんな奴に徹にしか許してこなかった場所を触れられるのが耐え難かった。
「うわ言でずっと言っていたよ。徹、徹……、その名前は聞き飽きたな」
井上は足首を強く持って固定したまま、もう一方の手の人差し指と薬指で紅美子の秘門の柔らかい扉を左右に開いた。無念と屈辱の混じった濁った呻きを漏らす紅美子を惨忍に見つめながら、遊ばせていた中指で押し開かれた入口の縁を撫でまわしてくる。
「いやだっ! 徹っ! 徹……、お願い……」
「徹くんは、いないさ。君は今、フィアンセではない男とセックスしてるんだからな。ヒクヒク動いてるのがよく見えるよ」
「違うっ! ちがうっ」
必死に否定するも井上の言うとおりの反応を見せている入口を中指の先がくぐってくると、
「ああっ!」
と紅美子は断末魔にも似た叫びを上げた。その瞬間押し広げられることを待ち望んでいたかのように奥から雫が噴きこぼれてくる。井上の中指の関節の節膨れが紅美子の襞を擦ると、悦びを表すように蠢きながらそれを締め付け、両腕の自由がきかない肢体がのけぞってしまう。
「……スゴい腰づかいじゃないか。こんな反応する子なんてそうそういない」
井上は紅美子の反応を楽しむように中指を出し入れする。情欲のままに乱暴にかき回すのではない、ゆっくりと紅美子の体の反応を伺いながら、しかし決して巻き起こる性感が下火に向かわせない指使いだった。
「どうやら、フィアンセ君はあまりこういう可愛がり方をしてくれないようだな」
指を動かしながら紅美子の表情を伺ってくる。「それか……、よほどヘタクソかのどっちかだ」
「くっ……」
指が動く度に下腹部に暴発する性感と闘いながら、紅美子は何度も脳裏に浮かばせ心の中で名を呼んでいた徹を貶されると、伏せ落ちそうになる瞼を懸命に開いて中から怨讐の瞳を差し向けながら、
「……あんたなんかと徹を一緒にしないでっ!」
と吐き捨てた。
「じゃ、フィアンセ君は大事な大事な君に指を入れるなんてもってのほかだと思ってるってことか」
好邪の視線で弾ね返されると同時に、井上の中指が奥まで差し込まれて上壁グイッと押し上げてきた。
「んあっ!! ……く、……くっそ……」
紅美子自身も知らなかった鋭敏な場所を圧迫されると、脚の内側を伝って親指の先まで突き抜けるような鮮烈で甘美な痿痺が走り抜けてゆく。
「……可哀想に。これだけのカラダなのに、ずっと可愛がってもらえなかったんだな。十年もセックスしてきたのに……」
井上の言うとおり、徹は紅美子の入口の縁やクリトリスを優しく撫でてくれることはあっても、中まで指を入れて襞を擦るようなことはしなかった。紅美子の体の中を愛するのは徹の男茎のみであったし、紅美子はそれで充分な心地よさを得ていた。「……どうやら徹くんにしか抱かれたことがないようだ。不憫だね、そんな下らない男としかしたこと無いなんてな」
脚を強く掴んでいた手が離される。しかし脚を閉じることは許さず、井上はM字に開いた美脚の中心へ顔を寄せていった。中指を深々と貫いたまま、もう一方の手指を上部から巡らせて、ヘアをかき分けるように紅美子の門を開くと、中から敏感に震えているクリトリスが顔を出した。
「あっ、やっ……」
クリトリスが外気に晒された感覚に紅美子は脚を閉じて逃れようとするが、井上の体躯に阻まれて成すすべなく雛先を唇で吸われる。
「あっく……」
声を殺し切れない。井上は邪智な舌はクリトリスを撫でまわし、弾き上げ、そして唇を押し付けると大きな音を立てて吸い上げた。紅美子は甲高い声がやがてかすれて、口を開けたまま声にならない叫びを上げながら、井上の指に向かって雫を迸らせていた。部屋には井上の唇が吸い上げる音と、柔壁が指に吸い付く音、そして僅かに紅美子の吐息が混ざっていた。
「どうだ? ……彼氏より気持ちいいだろ?」
そんなわけはない、と言いたかったが声が出なかった。衝撃的な悦楽に声を奪われているということもある。だが事実、井上の狡猾なまでの指と舌は、徹の愛撫によってもたらされる快楽をはるかに凌駕していた。それを認めてしまうことは、二十年の愛慕が敗北し、否定されることを意味するのだから、絶対に許してはいけなかった。
井上は紅美子が被虐と堪忍に灼かれながら必死に闘う表情に言いがたい悦美を見て取り、唇を離し指を引き抜くと、膝の裏を持ってしっかりと割り開くと、自らの腰を前に進める。
「……じゃあ、そろそろ味わせてやろう」
その言葉が聞こえると同時に、紅美子は恥丘の頂きに生うヘアが何かに触れて、我に返って頭を上げ、脚の間を見やった。歳を重ねているのに引き締まって逞しい井上の躯が迫っていた。その中心には、淫欲を発するように聳えた男茎が、まさに餌食へ襲いかかってこようとしている。
何よりも――、それは何も被っておらず、生身の肌身を晒していた。
「いやっ……、いやだっ!!」
両手の自由を奪われ、脚をM字に開かれながらも、紅美子はベッドの上で身を捩ってシーツの上を這うように逃げた。しかし当然すぐに枕に突き当たり行き止まりを迎える。そんな紅美子を眉だけ歪めて、薄い笑いを浮かべて膝で追ってきた井上は、亀頭の先を入口に触れさせると、片手を肩に置き、身で紅美子を覆うように前のめりになって真上から見下ろしてくる。
「嫌がるんじゃない。……君のカラダに本当の気持ちよさを教えてやろうっていうんだから」
亀頭の圧迫感が増す。紅美子は恐怖に大きくかぶりを振りながら、
「いやだっ!! お願いっ、徹!! 助けて……!!」