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鳳仙花
【その他 官能小説】

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鳳仙花-7

(7)


 それから数日後、残暑見舞いを兼ねた礼状が届いた。叔父と叔母、葉月の連名で、両親に宛てたものだったが、最後に葉月の自筆で一言添えてあった。
『豊さん、また会える日を楽しみにしています』
ぼくの胸奥には塊のような重苦しい感覚が響いていた。
 その後も彼女からは年賀状、暑中見舞いが届いたがぼくは返事を出さなかった。


 葉月と次に会ったのは二年後、祖父母の法事の折りだった。彼女は高校一年、ぼくは地元の大学に入り二年になっていた。
 この時は挨拶程度でろくに口も利かなかった。気持ちの中では避けていたこともあったが、二年ぶりに見た葉月の美しさ、眩しさに弾き返された感があった。短かった髪が肩まで伸びて、たじろぐほど大人っぽく見えた。
「葉月ちゃん、きれいになったわね。お母さんに似て美人さんだわ」
珍しく素直な母の言葉を聞きながら、ぼくの胸にはまた重苦しい塊の鈍い響きが唸り始めていた。
(この子に何をした?……何をさせた?……)
葉月は白い歯を見せて笑っている。それが辛かった。ぼくはぶらぶら歩きながら、少し離れて彼女を見つめていた。


 叔父の家に二日間泊まることになったのは大学四年の夏、就職が決まった企業の研修が東京で行われることになったからだった。それを知った叔母がぜひ家にと強く望んだらしい。葉月が世話になったお返しをしたい。そんな気持ちだったのかもしれない。
(ちょっと、いやだな……)
気持ちは複雑であった。五年という時間は自身を苛む罪悪感を薄れさせてはいた。だが忘れるものではない。消し去ることの出来る『出来事』ではなかった。

「叔父さんの所なら気がねないし、よかったじゃない」
 当然のように話は進んでいった。理由を考えれば断ることも出来たが、三年前の葉月の美しさがぼくを沈黙させてしまった。

 葉月は国立大の教育学部の一年である。親と同じ教師の道を目指している。
「頭がいい子なんだねえ。G大にストレートなんて。見直したわ」
ぼくは打ちのめされた想いだった。
(あの子はきっと、中学の頃から進路を決めていたにちがいない)
根拠はないがそう思えた。ぼくは大学に入ってからもやりたいことが見つからずに無為な日々を送っている。恥ずかしいと思う。
 葉月は信念をもって生きている。だからこそぼくのさもしい性欲を耐えて受け止められたのだろう。
 弱そうでいて、どこか芯の通った彼女の面差しを思い出してぼくは頭を抱えたくなるのだった。


(8)


「いい会社に決まってよかったな。就職おめでとう」
叔父の家で歓待を受け、ビールまで勧められた。
「当然飲めるよな」
「ええ、まあ」
「相当いける顔だな。豊と飲むのは初めてだな。じっくりいくか」
「だめよ。明日は研修よ」
「そうか。そりゃまずいな。今夜は控えめにしよう」
葉月は楽しそうに笑っている。十八歳、もう少しで十九になる。匂い立つ娘になっていた。
 
「豊さんはお付き合いしている人、いるんでしょう?」
叔母もざっくばらんで明るい人だ。我が家に来た時は気を遣っていたのだろう。
「いませんよ」
「勉強一筋?」
「それも中途半端です」
「何言ってるの。いい会社に就職できて」
大学に入って、二年ほど付き合った同級生がいて肉体関係もあったがその後別れた。
「葉月も彼氏いないんだよな?豊と付き合ったらどうだ?」
叔父の言葉に体が熱くなった。
「それもいいわねえ」
叔母も笑いながら言う。
「でも遠距離か」
「こっちに就職するんだからいいんじゃない?」
叔父と叔母は冗談のようで真顔のやり取りを始めた。葉月はくすくすと笑っている。
(彼女はどんな想いでいるのだろう……)
ぼくもその場に合わせて笑顔ではいたが、心の内はやり切れない想いだった。


 ドアがノックされたのはそろそろ寝ようかと思っていた夜半近くであった。葉月だと思った。おそらくシャワーを浴びた彼女の足音が階段を上り、いったん止まっていた。
 部屋は隣りであるが、我が家のような古い家ではないので襖の仕切りではなくドアのある個室である。

「まだ起きてた?」
「うん……」
「明日早いんでしょ?」
「そうでもないよ。八時に出れば間に合う」
「ちょっといい?」
「うん、いいよ……」
葉月が入ってくると湯上りの匂いがした。
 あの日の記憶が過った。
(いきなり襖を開けて、彼女の乳房を見た……)
あの時の胸の形は今でも憶えている。

「うち、畳の部屋は一つしかないの」
一階の部屋は叔父夫婦の寝室になっているようだ。
「堅いかもしれないわよ」
「じゅうぶんだよ。ふかふか」
フローリングであるが叔母が布団を二枚重ねて敷いてくれた。

「ひさしぶりね。法事の時以来」
「そうだね。高校入った年だった?」
「うん……豊さん、大学生二年だったでしょう?ずいぶん大人にみえたなあ……」
(ぼくだってそうだった……美しさにときめいたのだ……)
「高校生の時とは全然ちがって見えた」
「そう……」
(話題を変えたい……)
昔に遡りたくない心境だった。

「ホウセンカ、まだ咲いてる?」
いきなり訊かれて家に続く道を思い浮かべた。
「うん、咲いてる。種が飛んで毎年咲くみたい。前より多いかな」
「そう……」
葉月は微笑んでから、何か考える表情で俯いて一点を見つめた。

「明日と明後日研修で、次の日に帰るの?」
「明後日、終わったらそのまま帰るんだ。友達とキャンプの約束があって」
「そうか。すぐ帰っちゃうんだね。……それじゃ明日にする」
「何が?」
「ん?……明日、話す……ふふ……」
何か意を含めたような微笑みが浮かび、すぐに消えた。


 


 

 

 
  

 


 


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