孤愁-5
「私、狂っちゃうかも」
ホテルの部屋に入るや、美貴は有村に抱きついて唇を押しつけてきた。抱き締めて胸を揉み上げたとたん、
「あううう……いっぱいして、いっぱいして」
たちまち朦朧とした状態になった。いや、意識はどうなっていたのか。彼女の右手は彼の股間を掴んでいた。
「ちょうだい、舐めたい、舐めさせて」
(どうなってるんだ?)
圧倒されながら有村も燃えた。
美貴が服を脱ぎ始め、彼もその場で全裸になった。
(こんな展開は経験がない)
シャワーを浴びながら美貴はさらに乱れた。ひざまずいていきなり一物を頬張って扱き立ててきたのである。
「くっ……」
強烈な快感が走って有村は膝が砕けそうになり、唸って耐えた。
信じられない。夢か……。
(まるでアダルトビデオの世界だ……)
「欲しい、欲しい。ちょうだい、ちょうだい」
忘我であった。錯乱であった。
あまりの刺激に急激に差し迫った。ベッドまで待てない。床に美貴を組み伏せ、そのまま重なって貫いた。
「あううう!入ってきたあ!」
美貴が狂乱する。夢中で打ちつけて間もなく耐えきれず放出に酔った。
力が抜けていく。長く尾を引く陶酔感。どこかに沈み込んでいく心地であった。
(頭の中にぽっかり空間が……)
そんな感覚に被われて目を閉じた。
余韻が薄れていくとともに不安が頭をもたげた。
(まずかったな……)
万一妊娠でもしたら……。それに病気の心配もある。かなり遊んでいるようにも思える。
美貴の反応が治まり、顔を見ると意外にも穏やかな表情をしている。まるで憑きものが落ちたような別人の顔である。
「ごめん……出しちゃったよ」
「そうなの?」
「大丈夫かな……」
美貴は夢から覚めたみたいにきょとんとしている。
「憶えてない……」
「俺のことも?」
「まさか、有村さん……」
「今日は安全日かい?」
「たぶん、平気と思う……」
まだぼんやりしている。秘唇に手をやり、指で洩れた精液をすくった。
「洗おうかな……」
少しふらつきながら起き上がると股間にシャワーを当てた。
(あの狂態ぶりは何だったのか……)
酒乱というには醒め方が極端だ。有村は不気味な不安にかられていた。
二重人格とはどんなものか、詳しくは知り得ないが、美貴の変貌ぶりをみるとそういった病的な要素を含めないことには理解し難い気がした。
その後二人で湯船に浸かっている時は乱れることもなく、泡に塗れて抱き合い、身も心も許した恋人のように彼に溶け込んできた。ベッドに寄り添うと甘えてきて、今度は饒舌になった。
「婚活って最近よくいうでしょ。私、あれは抵抗あるわ。だって不自然よ」
唐突に話し始めた。ついさっきの嵐のようなセックスは何だったのか。
「不自然?」
「そう、不自然よ」
美貴は有村の手が体を弄っても話し続けた。
「結婚したい気持ちが先走って、とにかくそこに誰かを見繕って宛がうみたいで厭だわ。そもそも結婚って、お互いの自然発生的な感情じゃないですか」
初めて肌を合わせた中年男に包まれながら本気で会話に入れ込んでいる。
「とりあえず、出会いを求めるって考えれば?」
「それにしたって、何だかさもしいと思うわ。出会いも自然であるべきよ」
飛んでる割には言葉遣いも考えも古い気がする。ホテルで抱き合っている自分たちも『自然』なのだろうか。
「なかなか出会いのない人もいるだろうし……。お見合いは否定するの?」
「お見合いは一つの形式になってると思うの。誰かが話を持ってきてくれて紹介される。探し回るのとはちがうわ。物欲しそうにするのがいやなの」
「プライドが邪魔する?」
「プライドなんてないです。自然じゃないと納得できないんです」
妙に力を込めて言ったが筋が通った話とは思えない。
(プライドがあったらこんな中年男と寝ることはないだろう……)
自虐的な想いが霧のように視界を遮ってすぐに消えた。
自然……。人は多くの場面でこの言葉を口にする。だが、人が関わる繊細な部分においては何とも曖昧であると思う。自然であるならば、あるいは、そうありたいのならば、そもそも論ずる必要もない。自然でありたいと考えることが不自然に思える。意識の混迷があるからこそ固執するのだという気もする。
「自然に知り合った相手じゃないと結婚はないってこと?」
「どんな形でも結婚はしないと思う。考えたこともないし……」
(なんだ、意味のない話だ……)
「諦める齢でもないのに……」
言ってから、ちょっとまずいかなと思ったが、美貴はそのことで気分を損ねることはなかった。
「諦めるっていうのが変なのよ。それが目標みたいで自然じゃない」
頑なであった。結婚に対してこだわりがあるのか、どこか屈折している気がした。