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不貞の代償
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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威圧-4

 目の前の食べ物を次から次へと食い、ビールを浴びるように飲んでいる岩井を見て田倉は内心舌を巻いた。驚くべき健啖ぶりであり酒豪である。性欲に関しての話は全くの眉唾ものであると思い始めていた。もしかしたらここの女将といい仲なのかもしれない。
 ずっと廊下で控えているとは思えないが、その女将が絶妙なタイミングで新しいビールを運んで来る。
 岩井から政治の話を拝聴した。経済についても豊富な知識に感心した。なかなかの饒舌に本題を切り出すタイミングさえつかめない。
「ここはよく利用させてもらっておるのです。むろんワシの銭です」とニヤリと笑う。
 岩井が国内では屈指の素封家であることは知っている。戦時中、岩井家が避難民に広大な敷地と屋敷を開放し、惜しげもなく金品を与え民心を得、今の地位にいる、という話がまことしやかに伝えられている、と岩井についての情報収集を行なった沙也加から聞いた。
「あなたもなかなかよい体格をしておられる」
 大トロを慎重に口に運ぼうとしていた沼田は手元が狂ったのか、お膳の上にべちゃっと落としてしまった。それを慌てて箸で拾い上げ一気に口の中に放り込んだ。
「わ、わたしでありますか?」
 丸ごと飲み込んでしまったらしく、沼田は目を白黒させた。
「ワシもこの体。人のことはいえんが、あなたもよく肥えたもんですな」
 沼田は顔を赤くした。
「普段はよーく食いなさるんじゃろう?」
「は、はぁ……」
「ちょびちょび食わずに、遠慮せずに沢山食ってください」
 初めは借りてきた猫のような沼田であったが、岩井から話しかけられるうちに、だんだん緊張がほぐれたらしい。腹の虫がグーと鳴っているのも聞こえた。沼田は嬉しそうな顔で料理をつまんでいる。
 一本吸い終わった岩井が、間を置かず新しい葉巻を口にくわえた。進められたが、二人ともたばこを吸わないので遠慮した。
「先生は柔道をされていたとお聞きしました」
 火を差し出しながら田倉は水を向けた。若い頃の岩井について書かれた古い新聞の切り抜きを沙也加に見せてもらった。間近で岩井を謁見し、その新聞に書いてあった『荒ぶる神のごとし』のコピーは現在のほうこそ合致しているのでは、と思い至る。
「ああ、これですか」
 グローブのような手で、つぶれた耳をつまんだ。改めて指先の太さ、その筋肉に息を飲む。ここまで指に筋肉がつくものなのだろうか。
「畳にこすられて、こんなふうになってしまいました」
 沼田は両方の手のひらを見せて、大げさに驚いてみせる。
「おなごとの寝技では、こうはなりませんからな、のう沼田さん」
 食べている人間がいるにも関わらず、目の前で葉巻を吹かし、食べ物の上に大量の煙をはき出している。沼田は口をおちょぼにして、目を丸くして、顔の前でブンブンと手を振った。
「それはそうと田倉さんは男前ですな。社内では、さぞおモテになるでしょう」
「いえ、そんなことは……」
「ええ、それはそれは女性陣には至極人気がございまして」
 沼田が横から口を出す。
「わたしは全くですが、へへへ」
 ビールで顔を赤くした沼田はかってに打ち解けてきた。口元に笑みを浮かべた岩井は沼田の言葉にウンウンと頷いている。
「今はお一人と伺っていますので、あっちの方はいろいろと自由ですな」
「恥ずかしながら……え? あっち? あ、へへへ、それは……」と沼田が頭を掻くが「いやいや田倉さんが」と言って田倉の方にあごの先を突き出した。早合点した沼田は神妙な顔で口を閉ざした。
 前もって情報収集を行っている、岩井の周到さにゾッとした。
「沼田さん、わたしも一人もんですよ、ずっとな」
「はぁ、そうでしたか」
 岩井はころころと顔色の変わる沼田の反応をおもしろがっているようだ。
「田倉さんくらいになると、おなごの方から寄って来るのでしょうな」
「とんでもございません」
「先生、モテますよ、うちの部長さんは」
 沼田が追従する。
「うん、田倉さんは今のところ、そっち方面の不自由はない。顔にそう書いてあるからのう」
 こういった話題からは何とかして逃れたいと思っていたが、田倉は笑いを見せるしかなかった。
「謙遜することはありません」
 引きつったような顔に見えなければよいが……。
「お互い、腹を割って話しをしにきたわけですからのう」と続け、岩井は葉巻をくわえた。
「おっしゃるとおりです」
 岩井の眼力にワイシャツの下は鳥肌が立っていた。


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