威圧-2
都心から少し外れた郊外の新興住宅を抜けると、森林と見まがうような敷地が現れた。その回りは武家屋敷のような情緒ある塀が果てしなく続く。等間隔にびっしりと並べられた、細くした割竹を円弧状に曲げた駒寄せが優雅な景観を醸し出している。中にあるであろう家屋は塀や木々に隠れて見えない。
沼田は汗まみれの首をハンカチでぬぐい「ほえー」と感嘆の声をあげた。
「これは驚きましたね。まるでタイムスリップしたような思いです」
「いや全く。この全体が料亭だとしたら、驚きですなぁ」
始めて二人の意見が一致した瞬間でもあった。
塀に沿って歩いて行くと途中で塀が途切れて道が細くなり、路地裏のような雰囲気になった。そこに奥へ伸びる京都のろーじのような通路があった。
左右を見渡しても入り口らしきはここしかない。屋号の看板なども見あたらない。知らなければ個人の家と見間違いそうだ。
「ここから入るのかな」と声を潜める沼田。
「ここでしょうね、のれんもありますから」
軒下に隠れるようにしてかかっている小さなのれんを見上げ、田倉は入っていった。ボーッと見上げていた沼田も慌てて後を追ってくる。
路地に入ると日の光が遮断され暗くなった。沼田が「おっ」と声をあげるほど、あまりの暗さに息を呑んだが、足元を照らす光によりすぐに目が慣れた。
両側から迫りくる土壁に触れ「敵の侵入を防ぐためでしょうかねえ」と後ろからついて来る沼田を振り返る。沼田は目を見開きカクカクと頷いていた。狭い路地は右へ左へとくねり、やがて神社の境内ような開けた場所に出た。そこはわびさびのような美しい庭園が広がっていた。爽やかな風が吹き抜ける。奥に近代的な大きな建物が見えた。デザインは前衛的だが風景と調和してる。
「ほぉっ」
沼田につられ田倉も驚嘆の声をあげた。
ふと横を見ると和服姿の五十がらみの女が佇んでいた。監視カメラがいたる場所に設置してあるに違いない。
「田倉様でいらっしゃいますね。ようこそおいでくださいました」
差し出された名刺には『代表取締役』と書かれていた。いわゆる女将である。
「なかなか風情がありますなぁ」
沼田の声に女将は笑み、丁寧にお辞儀をした。
「風流ですな、うん」
このような場所をさもよく知っているかのように、短い腕を後ろに組んで頷いている。
建物の内部も迷路のようであった。シーンと静まりかえっていて、人の気配が感じられない。ほかの客とは決して顔を合わせないよう、配慮がなされているのだろう。田倉は料亭には何度か行ったことはあるが、高級料亭といえど、見知らぬ人と顔を合わせることは間々あった。ここほど徹底されていないと感じた。
このような料亭に、政財界の実力者などが内々で訪れ、経済または国家を左右する密談が行われるのだろうか。または英気を養い、蓄える場所でもあろう。ここを出たら二度と敷居をまたぐことはできないだろうな、と田倉は密かに苦笑した。
来る途中「このクソ暑いときに、こんな遠くに、全くもう」などと、ぼやき通しだった沼田であるが、さすがに緊張してきたらしい。浅い息づかいがそれを物語っていた。