本当の気持ち-5
「お客様……、大変申し訳ありませんでした」
消え入りそうな声でなんとか謝ると、サラリーマンは慌てて首を横に振る。
「いや、ホントに僕はケガもしてないし大丈夫だから。むしろ僕が君の制服汚しちゃったよね、ゴメンね」
言われて気付く、腰の辺りの冷たい感覚。
どうやらトレイがぶつかって、グラスが倒れた拍子に飲み残しのアイスコーヒーがちょっぴりかかってしまったらしい。
白いシャツが茶色く汚れていることをお客さんは気に病んでいるらしく、あたしが謝れば謝るほど、彼もまた「こちらこそゴメンね」と連呼し続けている。
辛い時に優しくされると涙が出てくるのはなんでだろうか。
彼の一向に責め立てない様子に、堪えていた涙が目の奥から滲み出てきた。
……ヤバ、泣きそ。
ただでさえ駿河のことで溢れそうな涙を必死で堪えているというのに、一旦泣いたら止まらなくなってしまう。
咄嗟にその場にしゃがんだあたしは、氷やグラスの破片を拾うことで、周りに限界なのを悟られないようにしていた。
「あ、古川さん! 素手で触ったら危ない……」
店長の制止も聞こえないほど無我夢中で、破片に手を伸ばしていくあたし。
そんなあたしの動きを止めたのは、ピリッと指先に走る痛みだった。
「痛っ……!」
慌てて右手の中指を見ると、小さな赤い玉がプツッと膨らんでいる。
「小夜さん! 血が出てますよ!」
里穂ちゃんが悲鳴のような高い声でそう叫ぶと、テーブルの上に置いてあった四つ折りと呼ばれる紙ナフキンを数枚抜き取って、急いであたしの横に駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫だよ……」
四つ折りであたしの指をギュッと握る彼女の表情に、胸がまたチクリと痛む。
心配そうなその表情に、嘘偽りなんてない。
こんないい娘を裏切ってしまったんだ。
そして次に、カウンター締めを淡々と行う駿河の後ろ姿が視界の端に入ってくる。
今までならば、あたしがミスをすればすぐにフォローに回ってくれていた駿河。
でもそんな彼はこの騒ぎにもノーリアクションで、次々と退店するお客さんに頭を下げている。
好きの反対は嫌いじゃなくて、無関心。
その言葉がどことなくよぎる。
純粋に心配してくれる里穂ちゃんへの気持ちと、相まったせいか、心と頭がぐちゃぐちゃになったあたしは、ついに涙をポロリと溢してしまった。