冥界の遁走曲〜番外編〜-5
どちらを選んだとしても楓は心に大きな傷を残さざるを得ない。
だからこそ楓にはどちらかを選ぶことなどできなかった。
だが、楓の隣にいた男ははっきりと言った。
「悪いが俺はアキレスを止める側に回るぞ」
平然と言ってのける龍也に兄弟二人と楓は目を見開いた。
「た、龍也!
アンタ今の話聞いてなかったの!?
アキレスは…」
「ああ、奪われたんだろ?」
事も無げに言ってのける龍也。
楓はまだ目を見開いたままだ。
龍也は何故そこまで驚くのか分からないと言ったような顔をして楓を見る。
「まぁ、可哀想だとは思うがな。
それでも俺はアイツを止めるぜ」
「何故だ!?何故お前は…」
言ったのはフォートレスだが、怒りで逆上している為それ以上の言葉が出ない。
「何故?問うのは俺の方だぜ?
何でアキレスは死神を殺さなくちゃならねえんだよ?」
「死神という地位を排除する。
そしてアキレス様のような者が二度と出ないようにする。
それで十分だろう!?」
「それは死神を殺してまでしなければならないことか?」
「抹殺が目的ではない。
あくまでも死神という地位の排除がアキレス様の願い。
だが今の死神共はそれを認めはしないだろう。
そうなれば必ず両者の間で争いが起こる。
だからアキレス様は戦う決意をなされたのだ!」
「ふーん」
聞き流すように龍也は返事をする。
「話はそれだけか?
なら俺は容赦なくお前らをぶっ倒して進むぜ?」
「何故だ!?
貴様にはアキレス様の気持ちが分からんと言うのか!?」
「ああ、わかんねえ」
次に相手が口を開くとしたら糾弾の言葉だろう。
だがそれは他でもない自分の隣から飛んできた。
「アンタ何考えてんの!?
アキレスは…アキレスは…」
涙が目に浮かんできている。
龍也はそれを人差し指でぬぐう。
「アキレスがされた事なら俺だって分かってるよ。
そもそも俺はアキレスと生い立ちがちょっと似てるんだ。
お前にも話したことあるだろ?」
楓は少し思い出す。
龍也が前に話をしていた事を。
…龍也は小さい頃に全てをなくしたんだ。
「俺は自分自身以外の全てを奪われた事だってあるんだ。
だからアキレスの気持ちは分かる。
でもな、悪いのは奪った方だけじゃねえ。
奪われた方も悪いんだ」
「何で!?何で奪われた方も悪いのよ!?」
涙ながらの糾弾に龍也は険しい顔をして応える。
「奪われたって事は守れなかったって事だ。
それじゃあ守られなかった対象はどう思う?
怒りの全てを奪われた方へと持って行くことなんてできるのかよ?
守ってくれるはずだったアキレスが目の前にいたのに、だぜ?」
たとえ夫婦とか家族であっても恨むだろうな。
夫婦とか家族だとかそんなもんは死を直面するとまったく役に立たねえからだ」
龍也は淡々と話すが表情は反比例して悲しみに満ちている。
実は彼は家族の絆とかいったものを信用してはいない。
…楓とは付き合ってるけどな。
心の中で苦笑する。
「だからアキレスは人を責められる立場にはいない。
何も守れなかったアイツが奪われたからって死神を殺しに行くなんてお門違いもいいとこだろ?」
コード兄弟は未だに龍也に対する憤りを顔に表したままだ。
「恨むか…、あるいは死神のせいにするなと嘆くか…。
まぁいない奴の事を話をしても仕方ねえけどな」
龍也は空を見る。
何もない空。
今のアキレスと、そして昔の自分と同じだ。
いや、今のアキレスとは少々違うかもしれない。