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栗花晩景
【その他 官能小説】

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朧(おぼろ)-3

 翌朝、恵子はことさら忙しなく動き回っていた。むやみに息子に声をかけ、同じことを何度も言う。私と目を合わさないようにしている……。そう見えた。不機嫌なのではない。表情はうきうきしている。
 玄関を出る時、恵子はいきなり抱きついてきてキスをした。新婚の一時期以来の行為である。さらに、
「愛してる……」
頬を染めて言った。目元が色気に満ちていて思わず見入ってしまった。
「そんなに見ないで……」

 恥ずかしかったのだと後に知った。
昨夜のこと……。はっきりとは憶えていないが、あられもない声を上げた気がする。記憶が曖昧だが、何か恥部をさらけ出したような思いが残っていたという。それに、自分がわからなくなったほど、感じた……。

 その夜、自ら求めてきた恵子は別人のように変わった。夜明けに飛び立つ鳥のように天空を飛翔した。何かが目覚めたようだ。『何か』についてはわからない。たぶん恵子自身も答えられなかったと思う。
 ともかく、以来、全身の性感が過敏になった。切っ掛けはアヌスであったが、それだけでかくも見事に脱皮するとは思えない。深層に潜む心の問題だったのだろうか。だが、それはどうでもいい。……

 肛門への挿入感について、あえて訊くことはしなかった。平然と答えられることではないだろうし、それによって精神的に閉塞してしまうと困ると思ったのである。仕掛けたのは私であるが、結果、打ち震えて乱れた羞恥が残っているかもしれない。だからアヌスのことは決して異常なことではないと自然に振る舞う必要があった。愛撫の一環としての行為。それで燃え立つことになればそれでいい。……

 背中に万遍なく舌を這わせ、徐々に尻の窪みに近づくと、恵子の体は期待で引き締まっていく。クレバスにふっと息を吹きかける。それだけで恵子が声を洩らす。
 尻が持ち上がり、二つの秘門が覗いた。女陰はすでに濡れそぼっている。亀裂を舌で掠める。
「ああん……」
そのあと菊の蕾に触れた。
「むうう……」
割れ目と蕾を往復すると恵子も尻を振りはじめる。
「感じる?」
「うん……でも、恥ずかしい……」
「恥ずかしくないよ」
「だって……」
言いかけたのは指の挿入のことだったろう。
「お尻、感じるの?」
「……うん……」
「また入れてもいい?」
「いいけど、汚いわ……」
「いいよ。あとで洗えばいいんだから」
恵子が手を伸ばして枕の下からなにやら取り出した。
「これ……」
顔を向けずに手渡したのは指サックである。
(恵子……)

 前夜あれほど燃え上がったのに、私たちは果てのない法悦の世界をさまよった。
「あなた……ずっとあたしを愛してくれてたのよね」
「中学の時から好きだった……」
「ありがとう……ごめんね……」
「なんで謝るの?」
「だって、遠まわりしちゃった……」
「いまこうしているんだ。一つになってるんだ」
「あなた……」

 満ち足りた体を寄せ合い、恵子は私の胸の中で、昨夜初めて絶頂感を経験したと告白した。本や雑誌に書いてあるオルガスムスという感覚が解らなかった。自分には何か欠陥があるのではないかと本気で悩んだという。セックスをして感じるし気持ちがいい。だんだんどこかへ浮き上がっていきそうになる。なのに何かに届かないような、遠くの景色が霞んでいるような、そんな想いがいつも残っていた。そして二日にわたって明らかな到達を実感してとてつもない快感を知った。

「どうしてかな……どうして急に……やっぱり変なのかしら……」
その言葉にはアヌスでの発火が尋常を欠くものではないかと気になっているふしがあった。
「他の夫婦だっていろいろしてると思うよ」
「そうかしら……」
「そうだよ。そんな話、しないだけさ」
恵子は答えず、大きな瞳を瞬かせた。
 それからしばらくして、恵子はアヌスに関係なく私の胸で歓喜に震えた。

 安定期に入ったら出社すると言っていた由美子は、体調がすぐれず休職することになり、秋も深まった頃、女の子を出産した。恵子は大騒ぎをして病院にも出かけていった。
「産まれたばかりなのに目がぱっちりしてすごい美人よ」
その後恵子からもたらされる情報を聞きながら、私が感じていた安堵感は不思議な情感であった。
 無事な出産にほっとした気持ちもあったが、そういったほのぼのとした心ではなく、許されざる関係に終止符が打たれて平穏な生活に立ち返った思いでもない。そこにはある種、物悲しい、何かが消えてしまった空虚な感じがあった。しかし、その喪失感に痛ましさはなくて、なぜか必然の自覚めいたものがあり、私は一人溜息をついたのだった。いうなれば、今日一日が終われば明日が待っているような、ごくありふれた心模様であった。


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