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栗花晩景
【その他 官能小説】

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秋雨道標-9

「横になっていい?」
顔色が青白い。
「気分悪いの?」
「だいじょうぶ。一日目はちょっと貧血気味になるの」
けだるそうに布団に向かう後ろ姿が愛しかった。

 しばらくして様子を見に行くと弥生が目をあけた。
「起しちゃった?」
「寝てなかった……いろんなこと考えてて……」
いくつものどうにもならないことが私にも去来していた。
「そっちいっていい?」
「うん……」
弥生が布団の裾を上げた。私たちはどちらからともなく寄り添って抱き合った。

「疲れただろう?」
「ううん。せっかくの日にこんなことになって……」
唇を重ねると弥生はまた涙ぐんだ。楽しかった日々が脳裏を流れていく。
(ずっとそばにいてほしい……)
きつく抱き締めながら思った。
 乳房に触れ、
「いい?」
頷く微笑みがやさしい。
 乳房に顔を押しあてた。肌とかすかな汗のにおい、そして伝わる温もりに哀しみがこみ上げた。堪えても嗚咽が洩れた。
「泣かないで……」
そう言った弥生も声を殺して泣いていた。
私たちはまどろんでは目覚め、またいつか眠りに落ちた。


 目覚めるとそばに弥生がいなかった。隣室を見ると椅子に座って外を眺めている。周りに煙が漂っていた。

 起き上がった私に気づいて舌を出したのは煙草のことである。
「煙草、喫うんだ。知らなかった」
私の前で見たことはないし、においを感じたこともない。
「ひとりの時だけ、たまに……」
「いつでも喫ったらよかったのに」
「だって、あまり格好よくはないでしょ。女は……」

 窓から夜空を見上げた。
「朝はまだ来ないわね」
ずっと来なくてもいいと思いながら東の空を見ると心なしかうっすらと白んでいるように見える。
 わずかでも眠ったせいか頭はすっきりしていた。
 男と女だから出会って、男と女だから別れがきたのだとしたら、女である弥生には幸せになってほしい。やはり女のほうが辛いことが多いと思う。彼女の選んだ道が幸せに繋がっていくのかどうか、それは誰にもわからない。弥生は運命と受け止めているのだろうか。

 私たちはぽつぽつと語り、二人して煙草をくゆらせ、窓の外をぼんやり眺めた。
ふと、窓辺の私たちを『絵』のように感じた。悲しい絵なのか、滲んだ絵なのか、弥生の顔は今は安らかに見える。『静かな絵』なのかもしれない。

「お願いがあるんだけど」と弥生が言った。
「帰りに真壁に寄ってもらえる?」
「いいけど、また歩くの?」
「公民館の事務員さんにお礼がしたいの」
やさしい弥生を諦めきれない想いが熱く滲んできた。 


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