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栗花晩景
【その他 官能小説】

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風化(1)-1

 過ぎ去ってみると時の流れの速さを痛切に思う。しかし時間は急いだわけではなく、たとえ立ち止まろうと、全力で突っ走ろうといつでも変わらぬ刻みで私を未来に運んでゆく。
 真新しいスーツに身を包んでから、追い立てられるような社会人生活も、はや夏を迎えていた。

「夏休み、五日間ですって。短いわね」
同期の田崎和子がお茶を淹れてくれた。
「学生時代、もっと遊んでおけばよかったわ」
「貴重な夏休みだな」
「ほんと。無駄にできない」
白い歯をみせて笑った。
 私は彼女をなぜか『中性』の印象をもって見ていた。高校の時にバレーボールをやっていたそうで、身長は百七十近くあり、手も大きくて指も長い。比べてみたら私と同じくらいある。足のサイズも男性並みで、
「靴を探すの大変なのよ。二十五センチだもん」
入社早々尋ねもしないのに自分から言ったものだが、それは気にしているからこその発言だったようにも思える。

 だが、私が『中性』と感じていたのは大柄だという理由だけではない。彼女から漂う感覚的なものであった。だから説明は難しい。
 背が高いのでスーツスタイルは見栄えがした。姿勢よく歩く姿は颯爽としていたが胸のふくらみはほとんどなさそうで、なにより美人とは程遠い。
 でも、私は彼女を気に入っていた。性格がとても素直で明るい娘だった。
 同期の女子社員は十名ほどいたが和子を除いてすべて秘書課や受付業務である。それだけにみんな容姿端麗で男たちが振り返るほどの美人揃いだ。男子社員が集まるとよく彼女たちの品定めをしたものだ。実際に誘いをかけて付き合っている者もいた。私はそんな彼らから少し距離を置いて眺めていた。

 性の対象としてみるなら、彼女たちは申し分のない肉体を持っていた。それでも私が惹かれなかったのはなぜか、よくわからない。ちやほやされていることへの反発でもなかったし、一人だけ事務職に回された和子に同情したわけでもない。

 三月の末、旅行から帰って十日ほど経った頃、弥生から電話があった。胸が高鳴ったのは考え直してくれたのかと思ったからだ。弥生は静かな言葉で、
「もう一度だけ会いたい」と言った。
「あなたを心に刻みつけたい……」
 その言葉に嘘はなかったと思う。だが一方で私への配慮を考えた電話だった気がしてならない。
 思い出の地で一つになれなかったこと。自身の区切りの気持ちもさることながら、男の生理を含め、償う想いで連絡してきたのではないか。

「これで本当に、最後……」
弥生は消え入るような声で言った。
 私たちは忘我の中、激しく求め合い、体中に触れ、そして密着した。絶頂の時、弥生ははっきりと、
「殺して!」と口走った。
どうしようもない迷いを断ち切る叫びだったのかもしれない。
 濃密なひとときの余韻を感じながら駅まで寄り添って歩いた。
「送らないで……」
私たちは言葉を交わさず、握手をして別れた。

 その日から何かに憑かれたような違和感を感覚し続けていた。特に不快感はなく、日常に何ら不都合はなかったが、妙に醒めたものの見方をしている自分に気づくことがあった。何かに浮かれて騒ぐ気になれなかった。女子社員に興味がわいてこなかったのはそんな心境のせいだったかもしれない。


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