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栗花晩景
【その他 官能小説】

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秋雨道標-7

 陽気に誘われて訪れたのか、旅館には多くの宿泊客があった。館内の賑わい、浴場も前回とは比較にならない混雑ぶりである。

 早々に風呂を出て、人のいない裏庭の縁台に腰掛けて煙草を喫った。頭の中をめぐっていたのは『結婚』のことである。
(今日、言うべきか……)
日ごとに想いが強くなってきていた。むろん具体的な考えなどはない。晴香の話を聞いてから気持ちが変わったのである。
(早く伝えなければ彼女を失ってしまう……)
追い立てられるような想いに捉われて、打ち消しても、背を向けて去っていく彼女の姿が脳裏を過り続けるのだった。

 楽しく過ごすだけで十分だと決めていたのだが、セックスがなくなったことで想いの胸が熱く膨らんだ。じっくり話し合うにはいい機会である。

(弥生は今何をしているだろう……)
窓辺で薄暮の情景を眺めているだろうか……。

「今日はお風呂やめにするわ。ゆっくりしてきて」
私に注がれたやさしい眼差しは『女性』そのものであり、私を包んでくれる『伴侶』でもあると感じられた。結婚の経験がないのにおかしなことなのだが……。


 夕食の支度が整い、テーブルいっぱいに広がった料理を前にわたしたちは乾杯した。
「卒業おめでとう」
「就職おめでとう」
そして私は、
「二人のためにーー」と付け加えた。
弥生は口元を緩めたものの、同じ言葉を追随することはなかった。

 私たちは前回にもまして飲んだ。酒が話を盛り上げ、話が酒を呼んだ。
「いろんなことがあったわね」
大学の四年間は何もなかったようでいて、語り合ってみるとあれこれと話題は尽きない。彼女と行動をともにした時間は短いが、それだからこそ濃縮されて私の記憶は鮮やかに輝き、彼女の仕草や、ある時の表情の一つ一つを追いかけた。

「学園祭で焼き鳥やった時、面白かったわね」
「大失敗だったな」
「そう。でもあの時、恵子、お父さんから十万円ももらってたそうよ」
「そんなに」
「軍資金だって。だから赤字でも彼女は困らなかったの」
「旅行費用つくるって言ってたけどな」
「そんなに真剣に考えていなかったんじゃないかしら。彼女の家は不動産屋さんでお金持ちだから」

 恵子の家の商売については初耳であったが、私はそのことを潮に弥生に質問を向けた。
「お父さんも由比の出身?」
急に話が飛んだので弥生は真顔になった。

「父は群馬の富岡。知ってる?製糸場があったところ」
私は頷き、弥生はビールを口にして一呼吸おいた。
「うちの両親、離婚したの。六年前。いま母と弟と三人暮らし」
「そう……」
「母は一人っ子なのよ。田舎だし、跡取りをとって家を継ぐのが当然と思われてて、大学で父と知り合って結婚の話になった時は猛反対されたらしいわ」
弥生はふっと小さく溜息をついて、
「ごはん食べる?」
促されたが料理だけで満腹だった。
「あたしもおなかいっぱい。片づけてもらいましょう」
フロントに連絡すると間もなく仲居がやってきた。私たちは残っている酒を持って窓際に移動した。


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