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栗花晩景
【その他 官能小説】

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秋雨道標-6

 真壁は時代の流れから隔絶されたような町である。歩き回っても二時間ほどの地域におよそ百軒を超える古い民家が立ち並んでいる。
 多くは明治から昭和初期のものだが、中には江戸末期の建築物もあって、さながら映画のセットのようで、そこにしみ込んだ歴史の重さが伝わってくる気がした。時代を遡った錯覚すら覚える。

「これは驚いたな」
「でしょう?あたしも初めてだから驚き」
武家屋敷等、保存されている町並みは全国にあるが、ここは建物の保存だけではない。
「どの家もほとんど人が住んでるんだな」
「だから建物が長持ちするんじゃないかしら」
ひっそりとした小さな町は飾りのない素顔をみせて佇んでいた。

「母の故郷が由比なの……」
路地を歩きながら弥生が言った。
「静岡の……」
「そう。もう遠い親戚しかいないから行かないけど、祖父母が生きていた頃は何回か行ったわ」
弥生はゆっくりとした歩みで大きな門を眺めた。長い年月に耐えてきた風格ある薬医門である。

「由比は宿場町でね。あら、あなたのほうが詳しいわよね。史学科だもの」
「詳しくないよ」
私は弥生の話を聞きたかった。

「ここはもともと城下町だったみたいだな」
途中の案内板に町の成り立ちが記されてあった。
「由比は漁師町だからこことは造りも違うけど、何となく共通する雰囲気を感じるわ」
「一度行ってみたいな」
「東海道。海沿いの細長い町でね。桜エビがおいしい」
弥生は子供みたいに笑った。
 行ってみたいと言ったのは町の風情に興味を抱いたからではない。弥生が訪れた町。そこに浮かぶ少女時代の彼女の姿に想いを馳せたのだった。

 陽が陰ってきてうすら寒くなってきた。
車を止めた公民館の駐車場に戻ると、弥生が急にトイレに行きたいと言い出した。
「そこで借りる」
少し慌てた早足の格好に私はおかしくなった。
 時間は四時になる。宿でゆっくりするにはちょうどいい頃合いである。

 しばらくして弥生は浮かない顔をして戻ってきた。様子がおかしい。
「どうした?だいじょうぶ?」
「うん。……悪いけど、この先に薬屋があるらしいんだけど、寄ってもらえる?」
車を走らせ、
「具合悪いの?」
弥生はもじもじしながら言いにくそうに口を開いた。
「なっちゃったの。いつもより三、四日早くて。うっかり用意して来なかったの。ごめんね……」
まるで悪いことをしたみたいに俯いた。すぐに理由はわかった。
「体のことなんだから仕方ないよ」
私は不思議とすっきりした気持ちであった。

 店から出てくると紙袋を後部座席に置き、
「もう一か所、ごめん」
並びにある洋品店に入って行った。
 生理のことはよくわからないが、きっと下着を買いにいったのだろうと思った。

「せっかく楽しみにしてたのに、ほんと、ごめんね」
「一緒にいられればいいじゃないか。今夜はたくさん飲もう」
「ありがとう。この前もいっぱい飲んだけどね」
「でも、急になるんだ、あれって……」
「だいたい少し前にわかるんだけどね。歩いてる時におかしいなって感じたんだけど、予定より早いから違うって思ってたの。何の用意もしてなくて焦ったわ。恥ずかしかったけど公民館の事務員さんに訳を話してわけてもらったの。助かった」
「大変なんだな、女って」
「いろいろとね……」
横顔を見ると笑顔はなかった。


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