夏雲-4
晴香がシャワーを使う音が聞こえていた。私は先に汗を流し、逸る気持ちを抑えながらベッドで煙草を喫っていた。
(とうとうこの時がきた……)
先ほど浴室に向かう彼女の俯いた顔は踏ん張ったように紅潮していた。
(どんな心境でいるのだろう)
推し量ることは難しいが、ここまで付いてきたのは彼女の意思である。結ばれることを望んでいるのは間違いのないことだ。
趣味のよくない派手な内装の部屋だが、この辺りに立ち並ぶホテルの内部はどこも似たようなものなのだろう。
昨日、決心の末、電話で誘った時、彼女は返事をするのに時間を要した。この日は休日である。これまでも日曜日に映画を観たり食事をしたことはあったが、いつも昼頃に待ち合わせて、夜遅くならないうちに別れていた。それが夕方に指定したものだから憶測が生まれたものとみえる。
「夕方?」
訊き返してから返事に窮して黙りこんだ。遅くなることを前提とした待ち合わせなのだ。初めてのことである。
沈黙からためらいが伝わってくるようだった。私の言い方も硬かった気がする。
「会いたいんだ……」
そればかりを繰り返して言った。
不器用で不自然な言葉は晴香にある予感とそれに伴う期待と不安をもたらしたものと思う。
いつもなら大半の時間を過ごす喫茶店を早々に出て、夕暮れの公園を歩いた。話が途切れがちになったのは互いの意識がぶつかりあっていたからだろう。それでも私の足は一歩一歩ホテルに向かっていた。
それとわかる道に入ると人通りが途絶え、同時に晴香の足が遅くなった。組んでいる腕に抵抗が生まれた。
あるホテルの入り口に差しかかり、そのまま立ち止まらずに晴香の腕を引いた。私を見上げる瞳の潤いは迷いではなく、乱れる決意を振り払おうと私に縋る甘えだったのかもしれない。
「好きなんだ……」
その一言で彼女の体は凭れかかってきた。
浴室の扉が開き、タオルで拭う気配のあと、静かになった。私は意を決して素裸のまま浴室に向かった。晴香が一人でベッドまでこられないかもしれないと思ったからだ。
私の姿を見て慌てた晴香はタオルで胸を隠して身をよじったが、鏡に映った自分のあらわな尻に驚いたか、ふたたび向き直って下を向いた。
「運んであげる」
有無を言わせず抱きあげた。
「キャッ」
腕の中で目を閉じて縮こまる晴香。わずかに身悶えをみせたが力強く引き付けると動かなくなった。
(晴香を抱いている)
ずしりと伝わる重量感。熱い体、匂う肌。
(晴香は俺のものだ)
ベッドに横たえて見下ろす体は息をのむ美しさである。白い肌はほんのり上気して瑞々しく輝いている。バスタオルから覗いた尻は朝露に光る白桃を思わせてプリプリの膨らみだ。
(晴香!)
やさしく結合を目指すつもりではいたが昂ぶりを自在に鎮める余裕はない。たまらず抱きすくめて初めての唇を押しつけた。
「う……」
一瞬強張った晴香の体から徐々に力が抜けていく。鼻からの熱い息が交差して燃える想いを注入し合うように唇を貪った。いつか胸を密着させて互いを呼び込んでいた。
愛らしい乳房を掌に包む。
「いや……」
言葉とは裏腹に体はのけ反って胸をせり上げてくる。可憐な膨らみが新鮮だ。頂には桜色の小さな木の実がかしこまっている。
胸を揉み、その手を下腹部へと移動させていく。薄い陰毛が指先に触れる。
「恥ずかしい……」
晴香の手が私の手首をつかんできたが、力のこもったものではない。
(二人の求める想いがここにある)
秘裂へと一気に指を進めた。
「ああ!」
反射的に股が閉じられたが指は谷間にすっぽり挟まった。
(これは……)
夥しい蜜液である。
「だめ、そんなこと……」
言いながら股は私の指を解放していく。
晴香は『女』として私を待っていた。このぬめりがその証しなのだ。感動に震える指が小さな突起に触れたのは意図したことではないが、その一掃きで晴香はすべてを私に委ねることになった。
(結ばれることだけを考える……)
今泉の体験が脳裏をよぎる。
それだけだ。それ以上の余裕もない。
脚は閉じているが晴香の体勢はすでにシーツを鷲掴んで身構えている。もどかしくもコンドームを装着して秘境に対峙した。
開脚させる際に少々の攻防があったのは初めて秘部を男に晒すのだから致し方ない。だがここまできたら手間取ってはならない。片膝をこじ入れ、
「晴香、愛してる……」
「ああ……」
呻きで応えたのをきっかけに、素早く先をあてがい、ぬるっと潜った感触を得て体を倒していった。
「あうう!」
晴香が上に逃げる。肩を押さえて重なった。
「いっ!」
歯を食いしばった顔にひるんだが、一息に突いた。
「いいい!」
埋め込まれたペニスを抜き差しする間もなく放出が起こった。
「うう……」
泣いているような晴香の声。快感のせいなのか、苦痛だったのか判らない。痙攣する体をぶつけながら私も声を上げて彼女を抱きしめていた。
激情の波が去って体を起しかけると晴香の腕が私の首に巻きついてきた。そして私の名を囁いた。
突然浮かんだのは美紗の顔であった。
(済まない……)
もっと大切にすればよかった……。
(許してくれ……)
涙に濡れた彼女の幻影は少しずつ遠ざかっていった。